2008-01-20


『男が消える? 人類も消える?』

私は仕事があって見ることができなかったのですが、「NHKスペシャル シリーズ女と男」という番組が放送されているそうです。その第3回は『男が消える? 人類も消える?』というタイトルで、2009年1月18日に放送されました。煩悩是道場というブログでそれを知り、NHKのサイトを見たのですが、ちょっとひどいなあと思ったのでメモしておきます。特に記述がない限り、引用はNHKからです。
魚拓はこちら

雄ヘテロXY型という決め方

性染色体がXXなら女、XYなら男。1億7千万年前に獲得したこの性システムのおかげで私たち
は命を脈々と受け継いできた。

X染色体を2本もつと雌になり、X染色体とY染色体を1本ずつもつと雄になる、という性別の決め方(性決定様式)を「雄ヘテロXY型」といいます。最初の哺乳類の登場は2億2500万年前なので、雄ヘテロXY型の獲得が1億7000万年前ということは、雄ヘテロXY型ではない哺乳類が見つかっているのでしょうね。私は知らないのですが。でも、雄ヘテロXY型であることと「命を受け継ぐ」こととは、まず間違いなく無関係です。だってそれ以外の性決定様式をもつ生物が、今でもたくさん生きているのだから。Z染色体を2本もつと雄になり、Z染色体とW染色体を1本ずつもつと雌になる性決定様式を「雌ヘテロZW型」といいます。ニワトリやカイコがその代表です。ヒトとニワトリの共通祖先は2億2500万年前の、最初の哺乳類が爬虫類から分岐した時に存在していました。その分岐後、片方は雄ヘテロXY型を獲得し、もう片方は雌ヘテロZW型を獲得したわけです。どちらも途中で絶滅することなく命を受け継いできましたから、性決定様式と生き残ることとは無関係といってよいでしょう。

でもこの書き方は誤解を招きそうなので補足しておきます。2億2500万年前から現在まで、共通祖先から無数の種が分岐し、そしてそのほとんどは絶滅しました。たまたま幸運にも生き残ったのが現在のヒトであり、ニワトリであるに過ぎないのです。つまり、どの性決定様式を採用してもほとんどは絶滅する運命をたどったわけです。
photo by foxxyz @Flickr

性染色体によらない性決定

じつは「性染色体をつかって遺伝子できちんとオス・メスを決め、両者がそろって初めて子孫を
つくる」というのは、私たちほ乳類が独自に獲得した方法だ。ほかの生物はメスだけで子孫を
残せる仕組みを持っている。そのほ乳類独自のシステムが長くほ乳類の繁栄を支えた一方、
いよいよその寿命が尽きようとしているのである。

哺乳類以外の生物が性染色体をもつ例はたくさん見つかっています。「哺乳類が独自に獲得した方法」って何を意味しているのか、私にはわかりません。哺乳類の繁栄と性決定様式が無関係なのはすでに書いたとおりです。というかその前に、いったいNHKは哺乳類の「繁栄」をどのような指標に基づいて判断したのでしょうか?
種の多様性という意味ならば、哺乳類は5000種ほど、昆虫は100万種以上なので、哺乳類は昆虫の0.5%以下です。どのような指標を用いるにしても、ある指標を用いる判断の正当性はまた別の問題を招きます。

さらに、性染色体によらない性決定様式をもつ動物もいます。ある種のワニやカメは、胚発生時の温度によって性別を決めます。それでも生き残るのに不都合はなかったようです(というか、こちらもほとんどの種は絶滅したはずです)。

Y染色体の消滅

じつは男をつくるY染色体は滅びつつあるのだ。

これはたぶん本当のことでしょう。実際に、すでにY染色体を失ってしまった動物もいます。そのような性決定様式を雄ヘテロXO型といいます。この場合は、雌は2本のX染色体を、雄は1本のX染色体をもちます。バッタやコオロギなどで採用されています。
photo by tk_yeoh @Flickr

専門家は「500万年以内には消滅する確率が高い」という。

Y染色体が進化の過程を通じて小さくなってきたことは、進化の考え方を使えば、こんなふうに説明できます。つまり、Y染色体の(一部の)遺伝子は、生存とは無関係だったと。Y染色体が生存に必須の要素でなくなったとき、Y染色体は消滅するのだと。

進化の過程を通じて徐々にY染色体を失うことは雄の絶滅を意味しないし、雄の絶滅によって人類が絶滅することもないのです。核戦争などで人類が絶滅しなければ、500万年後の人類は、今の人類とはずいぶん違っていることでしょう(500万年前の私たちの祖先は、今の人類とはかなり違っていました)。その時、雄ヘテロXO型になっている可能性は十分にあるのではないでしょうか。

高校生物Ⅰ&生物Ⅱ

私は予備校で、大学受験生に生物を教えています。上に書いた文章はすべて高校生物の教科書に書いてあることばかりです。番組を見ていないので放送内容がどうだったのかわからないけれど、サイトの文章は見事な釣記事になっている、と言っていいのではないでしょうか。

ついでに、生物学における性に関して、私が知っている他のことも書いておきます。間違い、勘違い、その他の情報があったら教えてください。

性別は2種類とは限らない

ゾウリムシや大腸菌のような単細胞生物でも有性生殖を行うことがあります。この場合も必ず異性間で遺伝情報を交換します。しかも性別は2つではなくて、ゾウリムシなら4つ、大腸菌は7つもあるのだとか(ちょっとうろ覚えですが)。そこでこのようなときには、生物学では「性別」の代わりに「接合型」という用語を使っています。接合型Aのゾウリムシは、接合型BやCやDとは有性生殖できるけど、Aとはできないのです。
photo by uafcde @Flickr

性別は一生に1つとは限らない

カタツムリは雌雄同体です。つまり1匹が卵巣と精巣をもっているのです。カタツムリの生殖では2匹が向かい合い、お互いに精子を交換し、相手からもらった精子で自分の卵を受精させます。サクラのような被子植物も雌雄同体です。雌しべは卵巣に、雄しべは精巣に相当するのですから。

また、一生の間に雄から雌へ、雌から雄へ、性転換する動物はヒト()だけではありません。イソギンチャクに住むクマノミは、雄として生まれます。ハーレムの中で最も体の大きい1匹が雌になります。その雌が死ぬと、雄の中で最も体の大きい個体が雌になり、ハーレムを引き継ぎます。逆に、雌として生まれ、しばらくして雄になる動物もいます

興味をもたれたら

進化全体についての本としてはリチャード・ドーキンスの『盲目の時計職人』をお勧めします。この本は、現代の主流進化学説である進化の総合説の入門書としてとても面白く読めると思います。
ミトコンドリアDNAを通じた母系遺伝に関してはブライアン・サイクスの『イブの7人の娘たち』を、Y染色体を通じた父系遺伝に関しては同じくサイクスの『アダムの呪い』をお勧めします。どちらも、遺伝子をめぐる冒険を面白く読むことができます。



参考サイト


関連項目



  • 初めまして。kikulogから来ました。
    NHKのサイトにもありますが、今晩再放送があるようです。
    1月22日(木)午前0時45分~1時43分
    ご存じかもしれませんが、ご参考まで……。 -- MIDO (2009-01-21 18:21:47)
  • MIDOさん、コメントありがとうございます。
    そしてお知らせありがとうございます。
    でもでも、明日は仕事で5時起床なのです。
    どうしようかなあ。
    -- yu-kubo (2009-01-21 18:49:43)
  • 番組の内容は、それほど悪くはなかったと思います。
    サイトの文章は、第三者が適当にまとめたモノなのかもしれませんね。
    -- クラウド (2009-01-24 22:25:47)
  • クラウドさん、コメントありがとうございます。

    私もようやく録画しておいた番組を見ることができました。感想はこちらにまとめておきました。
    クラウドさんのおっしゃるとおり、番組のほうがまだましと言えそうですが、それでも問題がないわけではないようです。
    -- yu-kubo (2009-01-25 11:01:44)
名前:
コメント:


Copyleft2005-2009, yu-kubo.cloud9 all rights reversed
最終更新:2009年01月26日 09:57