地下妄の手記 中村順平 建築芸術の探求



 


  秋庭さんと赤本屋各位のパクリの原点──勿論、秋庭さんと洋泉社様のパクリの原点は、「原点ってのは普通ひとつだろう?」と言う様に矛盾かも知れませんけれど、複数あることは従前より申し上げている通りですが(笑──が中村順平氏の「東京の都市計画を如何にすべき乎」(洪洋社 大正13年)にあることは論を待たないと思います。
  その中村順平氏の業績についての展示が大阪市の大阪歴史博物館で平成24年5月28日まで開催されています。
  なぜ、大阪歴史博物館で中村順平氏の特集展示が行われているかといいますと、中村氏が大阪市の西区出身で旧制中学までこの地で過ごされたからです。その関係から、同館には2006年に中村順平氏のご親族、旧横浜工業高等学校教授中村順平の教えを受け継ぐ檜の会等から中村氏の、原画、スケッチ、自筆原稿等の資料が寄贈されたのです。中村順平氏の業績に一方ならぬ敬意をもたれた研究員の方がいらしたことも在ってのことかと思われますけれど。
  その資料の中にはなんと、秋庭氏がパクッた「東京の都市計画を如何にすべき乎」所載の「大東京市復興計画図」の原画があります。当然上記特集展示で見ることができます。
  上記特集展示が終了しても、同館一階の売店で「大阪歴史博物館 館蔵資料集5 建築家・中村順平資料」(価格1500円)を参照するか購入すれば縮小カラーですが見ることができます。
  図像は一般に著作権が所有者にあるようですので、ここには挙げませんがmori-chi氏のブログに「芸術新潮」?からの引用がありますのでそちらを参考にしてください。上記資料集で或いは今後の特集展示(自分の好みに合わない、或いは理解不能な歴史や文化を大阪から根絶しようとしている橋下徹氏の魔手が大阪歴史博物館に及ばなければ)等で。
  でっ、その原画を見ると、従前より愚生などがここで書いてきましたけれど、秋庭さんの、

          「東京近郊」と言う地図が左にある。これが隠された地下網の計画図である。この図が製作され
         たのは一九二四(大正十三)年、内務省の主導の下、建築家の中村順平が設計した。航空写真を撮
         影したのは、当時、発足したばかりの陸軍航空部。第一次世界大戦の分捕品だったドイツ製のカ
         メラが使われたという。(「帝都東京・隠された地下網の秘密[2]」2004年洋泉社刊 30頁)

          地下計画の全体像が左にある。この「東京近郊」の製作には、陸地測量部、航空部、内務省が
          加わっている。創設されてまもない航空部は、このとき数千枚に及ぶ航空写真を撮影し、それを
          合成して地図が作られたのだという。(「帝都東京・隠された地下網の秘密[2]」2004年洋泉社刊 146頁)

 が、丸っきりの嘘っぱち、でありこの図が陸地測量部の二万分の一東京近郊地形図に彩色書き込みをしたものであることが判ります。
  すなわち明らかに事実と異なることが書かれ、中村順平の業績と係わりないことを主張するために「東京の都市計画を如何にすべき乎」(洪洋社 大正13年)の記事を無断複製した「帝都東京・隠された地下網の秘密[2]」の秋庭さんと洋泉社の行為は盗用です。
  同様の記事を挙げておられる各単行本等についても秋庭さんと各出版社の盗用です。

 第一章「鷗外の地図が見つかった」ってことで。仕込んじゃいましたぁ!を挙げたこの時に際し、重ねて申し上げておきます。
                                                                OP.20120518