地下妄の手記 編集者の本領

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編集者の本領

秋庭俊氏の著述の問題点に、引用と称して、他者の著作あるいは創造物の複写を行い、
その著作、創造物そのもの、あるいは、その内容を改竄、歪曲し、あるいはそこに捏造を
付け加え、それらが、状況証拠すら指し示していないにもかかわらず、これを自説の憑拠
として牽強付会することがあげられる。
 たとえ著作権法が親告罪であることによって、告発されない限り裁きを受けないもので
あったとしても、これが原著者の著作権をないがしろにする行為であることは、明らかな
ことであるが、秋庭氏においては、それに止まらず、その行為の過程において、原著者の
人格(性格、人間性)までも勝手に捏造するに至ると言う問題もある。
 「丸ノ内線の設計士」然り、「千代田線の設計士」然り、「都営地下鉄新宿線の設計士」
然り、「海老原一郎」、「内田祥三」、「中村順平」然り。
 海老原、内田、中村の三氏については、公人としての性格をもたれているにしても、
アーチストとしての性格が、その作品に表れているかも知れぬにしても、しかし秋庭氏に
よる、それら作品や著述に対する捏造、歪曲をも含めて、それをもって、勝手にその人格
をでっち上げられることは、彼らの人格権について、それも死人に口なしの故人に対して
なすことが許されることではないだろう。
 「都営地下鉄新宿線の設計士」は西松建設の社員として特定されるが、この人達につい
ては、私人であり、その業務の報告たる「通勤幹線の下を掘る国鉄市ヶ谷駅下横断地下
鉄一〇号線建設工事」’78土木工事施工例集4巻トンネル・地下鉄道編 所収 一九七八
の記述を持って、勝手な人格の付与が行われていることは、さらに許されない行為では
ないかと考える。

  「現場の責任者として作業員の安全のほうにより心をくだいていた。」(帝都東京・隠され
  た地下網の秘密文庫版250頁)

と言うように「節の人」あるいは「高潔な人物」と言った書き方をしているじゃないか、と
言うかも知れないが、たとえ褒めていようが、奉っていようが、原著者が、思ってもいない
こと、発言としての裏付けのないものを以って、その人格(性格)に言及することは断じて
許されることではなかろう。
 さて、その様な記述を世に送り出そうとする人々、すなわち、出版事業者、編集者には、
その職分から、人格の捏造がどれほど問題のあることか、理解が出来ていると私は考えて
いたが、現実はそうではないようだ。
 以下は秋庭氏との関係が間接的であることから、また、見かけ上は、当事者においては、
解決を見た事実であることから、掲示するに随分と逡巡したが、書籍、雑誌と言うものに
おいて、
「偽のコーシャを掴まされたユダヤ教徒」
のごとき購読者の立場からは、その偽のコーシャを売った者から、何等の説明も得ていない
と言う点を持って、エピソードとしてあげることとした。

  「往信 代表取締役殿」
    「著者名は何処」
    「復信 編集長殿 発」
    「往信 編集長殿」
    「再度の復信 編集長殿 発」
    「往信 内部監査担当取締役殿」

 最後の「内部監査担当取締役殿」宛往信に対して、現時点での返事はない。
 私は、このエピソードを踏まえ、地下網シリーズの作家のごとき、嘘吐きの跳梁跋扈の
原因の一つには、商業出版における編集者の無知・無能・無責任、あるいは、作家にとって
のサンボウ役、と言っても無謀、横暴、乱暴(凶暴)、のだけれど、の編集者が、嘘の共
同正犯として存在していることがあるのではないか、と考えている。
 この、自社刊行物において他者の著作権侵害を行った著述者に対し、絶版、回収などの
苛斂誅求な処分を、繰り返す出版事業者には、それ故に、「内部監査担当取締役」が当然
に存在するものと考えてもいた。
 しかし、斯様な著作権侵害と目されるものにおいて、実行犯たる著述者への苛斂誅求に
比し、共同正犯、いや、実際は主犯者かも知れぬ編集者の責について、あるいは、何故に、
絶版、回収などの苛斂誅求な処分を行ったのか、その具体的な根拠について、その著作物
を購入した読者に対し十分な説明責任を果たさないまま絶版、回収と言う自社の都合のみ
を押し付けてくる、当該出版事業者には、「内部監査担当取締役」はおろか、顧客に対す
る説明責任を果たそうとする者も存在しない様である。