地下妄の手記 鉄道趣味の妙味

鉄道趣味の妙味 「地下線における壁の色について」

秋庭俊氏は地下鉄の壁と柱に随分とご執心で、その色と形について、極めて精通されておられると自認されているようです。
そして、その壁と柱について、

戦前の3号線のルートに入った途端、上り下りの線路の間にうす茶色をした壁が現れるようになる。この壁には少し濃い色のラインが横に走っている。二メートルの間隔を置いて下半分がくり抜かれている。
(帝都東京・隠された地下網の秘密 文庫版120頁)

とまず定義付けられ、

うす茶色の壁と柱が交互に現れるようになった。

とか、
どの路線に乗っていても、都心にくると決まってこの壁と柱が現れていた。
(文庫版261頁)

と書かれ、この壁と柱を以て、
こ の壁も、地下のスペースも、おそらく戦前からあった。そのためどの路線にもほとんど同じ壁が現れ、その古さも変わらず、銀座線より古そうな壁まである。も ともと、いまの技術をもってすれば、このような壁など立てる必要はないはずだった。それでも、開通したばかりの地下鉄にこの壁が立っているのは、先に壁が あったからにほかならなかった。

と書いておられる。

ところで、「写真と地図で読む!帝都東京地下の謎」24頁では南北線の後楽園-東大前

の覆工を、電車の窓越しにストロボを焚かれて撮影された写真にして採り上げられ、これ

上記の「二メートルの間隔を置いて下半分がくり抜かれている。」戦前?の壁で、くり抜かれ

部分にセメントを打って塞いだものだ、と説明され、その憑拠として、その原型たる「どの

路線に乗っていても、都心にくると決まってこの壁と柱が現れていた。」と仰る、壁と柱につい

て、次の様な図を25頁に挙げられている。

「写真と地図で読む!帝都東京地下の謎」(秋庭俊編著 2004年 洋泉社刊)


まぁ、後楽園-東大前間シールド工法の区間だし、「写真と地図で読む!帝都東京地下の謎」

24頁の写真を見れば、覆工の湾曲した形状等、明らかにプレキャスのセグメントなんです

が、躯体の肉を落とした部分が上記の図に似ているものだから、こんな話を捏造されたんで

しょうけど。

さて、上記の図、壁の空隙、柱の間隔の縦横の寸法がやけにはっきりと書かれているので、

気になっておりました。何しろ、戦前の地下構築物の流用の大切な憑拠の様ですしね。

丸ノ内線建設史を一生懸命読んだ御蔭で、この壁と柱の寸法について、センセの盗用元が判

明いたしました。

丸ノ内線建設史下巻26頁図20をはじめとする、「構築の寸法表付図」です。

比較的きれいに写せた建設史127頁の図86を貼っておきます。センセの図との違い判り

ますか?


「丸ノ内線建設史下巻」(帝都高速度交通営団 1960年)


センセの図の2.5m、1.5m、2.2mと言う寸法以外に、寸法を表す“a”とか

“b”、“h”とかの記号が有るのが見て取れると思います。

で建設史表22の一部も挙げておきますが、この表で、これらの記号が、柱の太さ、

梁の太さ等であることが解りますね。


「丸ノ内線建設史下巻」(帝都高速度交通営団 1960年)


元図は、土被り等によって生じる荷重に対して、直線或いは曲線区間での梁や柱の所要の太さや厚みを示している訳で、こちらが本来のこれら図表の目的なんですね。

秋庭氏は、千代田線、都営浅草線、日比谷線と、他の地下鉄にもこの壁と柱が見られると書かれていますが、この形式の壁、柱について2.5m、1.5m、2.2mと言う具体的な数値が、他の建設史に見られません。

他の線区においても同様の数値であることを、秋庭氏はどの様に検証され、これらを普遍的な数値として何を根拠に取り上げられたのか?

要するに、秋庭氏は壁の古色度や、見た目の構造に拠って、何の根拠も無く地下鉄各線の一部の構造を、戦前?の壁や構築物と勝手に断定されている訳です。

まぁ、壁の色や構造による考証の虚偽性は文庫版262頁のように、

  「シールド機の跡があるようなところでも、」

と書いた時点で明らかではあった訳ですけれど。