地下妄の手記 東京高速鐵道略史の略史 その2

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東京高速鐵道略史の略史 その2

さて、前章で基本形と言った、「帝都東京・隠された地下網の秘密」(洋泉社版)77頁末から78頁

     『丸ノ内線建設史』では、戦前、大倉組(大成建設の前身)は東京高速鉄道という地下鉄の
   会社を興し、その会社はいまの銀座線の渋谷―新橋間を建設した。また、同社は新宿と築地を
   結ぶ地下鉄新宿線の免許も持っていて、これも建設される予定だったとしている。
     一九三八年(昭和十三)にまとめられた『東京高速鉄道略史』では、地下鉄新宿線全線の建
   設費三六〇万円はすでに投じたとあり、一年もしないうちに新宿線が開通しそうな口ぶりになって
   いる。
     また、ここには新宿線のルートも記されていて、それがいまの首都高新宿線のルートに重なっ
   ている。

そして、上記をもう少しブレークダウンした138頁の

     しかし、渋谷線が開通した一九三九年(昭和十四)、『東京高速鉄道略史』という本がまとめら
   れている。この『略史』を読むと、そうは思えないようなことが書かれている。
     同社は渋谷線四マイルに二千万円、新宿線二マイル半に三百六十万円、合計二千三百六十
   万円の建設費を投じた。これが建設費は払込金一千五百万と借入金をもって支弁した。
     これは会社の概要というところの記述になる。つまり、東京高速鉄道はこの時点ですでに新宿
   線の建設費を投下している。

 を「略史」の原文から洗ってみましょう。なお、ここでは「略史」は交通日報社の「東京高速鐵道略史」を指します。
 あっ、78頁だかの
     「一九三八年(昭和十三)にまとめられた『東京高速鉄道略史』では」
 と、138頁の
     「渋谷線が開通した一九三九年(昭和十四)、『東京高速鉄道略史』という本がまとめられている。」
 は、原文のままで、文庫版でも直ってませんので念の為。

 「新宿線二マイル半に三百六十万円」の件、秋庭さんは「これは会社の概要というところの記述になる。」と書かれていますが、「略史」では、

「 一、會 社 の 現 況」

と言うところになります。ニュアンスは投資家、今風に言うと、もう少し範囲が広くなりますが、「ステーク・ホルダー」への説明と言うか、広報的な記事です。建設費の該当部分は

     同社は澁谷線四哩に二千萬圓、新宿線二哩半に三百六十萬圓、合計
    二千三百六十萬圓の建設費を投じた。これが建設費は拂込金一千二百
    萬(去る五月三百萬圓の拂込徴収したので現在一千五百萬圓)と、借
    入金一千百六十萬圓とを以て支辨した。

金額微妙にずれてますよね。二百萬ほど余ってません?何故新宿線にこの二百萬投じられていないんでしょうか?三百六十萬は確かに死荷重ですが、実はこれに続く文は死荷重の話ではありません、借入金一千百六十萬圓の償却と会社としての株主配当の見込み、についてのパブ記事です。

     而して會社の経営は營業費に於て一日一千五百圓、借入金に対する
    利子一日一千五百圓.合計一日金三千圓を要する。
     昨年十一月十八日虎の門、青山六丁目間の一部開通から、同十二月
    二十五日の全通により現在に至る五分間隔運轉にて、一日の収入は金
    三千圓、今日東京地下鐵と二分半間隔の直通運轉により一日約一千圓
    の増収あるべく従つて尠く共一日四千圓の収入は確實なる見込である
     右の如くなれば一日一千圓の利益あり、一ケ年約三十六萬四五千圓
    の利益となる。然れども拂込金一千二百萬圓に對しては三分にして三
    分の配當は困難である。
     之は現在収益を生まざる新宿線に三百六十萬圓を投下してある為め
    で、前記の如く拂込金一千二百萬圓に對し三分の配當すらなす事は出
    來ない、故に此三百六十萬圓に對する収益を稼出す必要がある。

 この「営業報告書」のどこで、

     一年もしないうちに新宿線が開通しそうな口ぶりになっている。

などと言う「口ぶり」が読み取れるのでしょうか?
現況で三分の配当にアップアップの会社が、建設費が高騰し、また「略史」の中でも触れられていますが、戦争による資材不足(これも建設費高騰の因ですが)、の状況を克服して一年もしないうちに新宿線を開通させられるんでしょうか?
資本金と借入金で二千六百六十万円の会社が二千万円渋谷線の建設に費やしました、資本金(払込金)一千二百万円には毎年3分、36万円の配当を出さないとなりません、しかも、この五月には300万増資かな、払込金増えてますから、「略史」の計算ではあと9万配当足りません。
で、借入金一千百六十万円にだって金利掛かってきます。その返済と配当の算段について書かれている部分なんですよ、秋庭さん曰ところの「これは会社の概要というところの記述になる。」ってところは。

さらに、138頁の残りの段

     また、この『略史』では、渋谷線の新橋―東京駅についても、昭和十二年七月三十日に鉄道大
   臣から工事施工認可を得たので、鉄道省東京改良事務所に委託したと書かれている。

これについては、秋庭さんは「帝都東京・隠された地下網の秘密」(洋泉社版)144頁に

     『日本土木建業史』主要土木工事年表の一九三八年(昭和十三)から一九四二年(昭和十七)には、
   以下のような建設工事が記録されている。

     建設工事項目         発注者             着工年(昭和)   建設費     施工担当

     東京駅改築          鉄道省東京改良事務所    一三年二月    545、700    大林組
     地下鉄建設二期工事    東京高速鉄道会社      一三年十一月  1、395、800    鹿島建設
     新宿線1工区地下鉄建設  帝都高速度交通営団     一七年六月   1、135、300    鹿島建設

     東京駅改築については、地下鉄渋谷線の新橋-東京駅の工事が委託された時期に符合している。
     この当時、地下鉄銀座線の銀座-新橋間の建設費が大よそ七〇万円だった。五五万円はそう外れ
   てもいないと思われるのでここで取り上げた。
     地下鉄建設第二期工事については、東京高速鉄道が銀座線を開通した後の工事ということになる。
   工期は三年、施工は鹿島組、建設費は一四〇万円ほどになっているが、場所は明らかにされていなか
   った。
     鹿島建設はまた、営団地下鉄の「新宿線・1工区地下鉄道建設」にあたっている。この建設の工期は
   四二年(昭和十七)六月から四五年(昭和二十)八月までとなっている。営団地下鉄の赤坂見附の工事
   は、四二年六月から四四年の六月までとされていて、弁慶濠に鉄板を一枚打った程度だったという。
   「新宿線・1工区」がどこになるのかわからないが、建設費は一一四万円ほどになっている。鉄板一枚で
   この金額になるとは思えないから、営団はやはりどこかで大規模な地下鉄建設をしていたのではないだ
   ろうか。

 まず、これどっかで書きましたけど、「日本土木建業史」なんて本じゃありません、「日本土木建設業史年表」(土木建設業史専門委員会編 社団法人土木工業協会社団法人電力建設業協会昭和43年刊)と言う本です。で、竣工年ベースで書かれていて、
     地下鉄建設二期工事    東京高速鉄道会社      一三年十一月  1、395、800    鹿島建設
は昭和16年11月のところに書かれています。鹿島建設ともあろうものが、あっ、当時は鹿島組です(勿論原典にも鹿島建設とは書いてありません)、ともあろうものが140万ほどの工事に丸2年もかかるもんなんでしょうか?
 と言うのはさて置いて、「略史」には、「鉄道省委託工事」と言う言葉は主なところで3箇所に出てきますが、最初に出てくるのが、まさに、略史6頁の「工事施工認可」と言うところです。

   一、工事施工認可

    澁谷線の工事施工認可申請者は昭和十年二月七日鐵道省に、同三月
   七日内務省に各東京府を經て提出したのであるが、従來地下鐵工事に
   就ては、東京市の意見を徴することになつて居るため、今回も市の土
   木局、電氣局、都市計畫課等に於て設計に就て、詳細な調査を行ひ、
   意見を附して東京府に廻附せしが.此間内務省に於て、六月二十七日
   七月二十五日の二回地下鐵道事務打合會が開かれ.鐵道、内務、東京
   府、市の關係者會合し、會社よりも参加して種々協議を遂げ八月二十
   七日附内務大臣、九月二十一日附を以て、鐵道大臣より澁谷線の内自
   澁谷起點一,九一六米、至同七,九〇三米間の分割工事認可があつ
   た。その後の認可は先の通りである。
    一、昭和十一年十一月二十五日鐵道大臣より澁谷線自七九〇三米、
      至八一四七米間中自七九〇三米、至八〇九一米間の工事施行認可あり
    一、昭和十二年七月十三日、鐵道力臣より澁谷線自八,〇九一米
      至八,一四七米間(省線新橋驛附近)工事施工認可を得たので、鐵道省
      東京改良事務所に委託工事
    一、昭和十二年十一月二十九日鐵道大臣より澁谷線自一,六七一米
      至一,九一六米間工事施行認可あり
    一、昭和十三年六月十四日鐵道大臣より連絡線四谷見附、赤坂見附
      間の工事施行認可を得たので、目下製鋼工作物築造認下申請中である

秋庭文
      渋谷線の新橋―東京駅についても、昭和十二年七月三十日に鉄道大
      臣から工事施工認可を得たので、鉄道省東京改良事務所に委託

原文
      「昭和十二年七月十三日、鐵道力臣より澁谷線自八,〇九一米
      至八,一四七米間(省線新橋驛附近)工事施工認可を得たので、
      鐵道省東京改良事務所に委託工事」

 どっこにも、「新橋―東京」なんて書いてないし、7月13日施工認可だし、工事区間8,147mマイナス8,091mは何メートル?56メートル?「正 解!」
 省線新橋驛附近って言うのは、「線 路 の 大 要」にも

      而して地下鐵高速との接續部分は恰度省線二葉橋下になり東海道線
    橋脚下を約十一米深さに掘下げ隧道を構築するため、其附近延長五〇米
    の工事は鐵道省東京改官事務所に施行を委託したのである。

と書いてあるんですね。「鐵道力臣」とか、「鐵道省東京改官事務所」とかってのはOCRミスじゃなくって原典の誤植(文選ミス)ですのであしからず。

で、二葉橋ってのはこれ、外掘通りが新橋でJR潜ってるとこのJRの架橋のことです。



それで、

      この当時、地下鉄銀座線の銀座-新橋間の建設費が大よそ七〇万円だった。五五万円はそう外れ
    てもいないと思われるのでここで取り上げた。

そうですが、委託費の額、予算だけど、「略史」にちゃんと載ってるんですよ。上記の様に、最終決算では渋谷―新橋間は二千万円掛かるんですが、予算では1750万円の見込みでした。「略史」の八頁

     一、 澁谷 新橋 間建設費豫算
  
     測量及監督費        五五六、〇〇〇圓
     用  地  費      一、一一六、七八六圓
     土  工  費 ┐
     橋  梁  費 │ 
     溝  橋  費 │→ 一〇、九五五、四九〇圓      
     隧  道  費 │       内   譯 請負工事費及セメント代 八、五一三、〇〇〇圓
     停 車 場費  ┘              委託工事費         二、二九四、〇〇〇圓
                              各驛装飾費           一四八、四九〇圓

     軌 道 費           四二四、七二〇圓
     車 庫 費           三〇〇、〇〇〇圓
     通信、電力、變電所費  一、二八五、五〇二圓
     車 輌 費           八〇〇、〇〇〇圓
     總 係 費         一、六五〇、〇〇〇圓
     像 備 費           四一一、五〇二圓
      合  計        一七、五〇〇、〇〇〇圓
     一米當平均             二、七〇六圓


東京高速が鉄道省に委託する区間として通常考えられるのは、渋谷での山手線等の高架跨ぎ越部分と、この新橋での東海道線等のアンダーパス部分でしょう。で、渋谷での跨ぎ越について委託との記述が無いので、多分自前の工事でしょうから、上記の委託工事費約230万円の殆どが新橋の鉄道省委託費だと思われる。東京地下鐵道に遅れる事6年だったかな?大阪市営地下鉄が一マイル当たり100万円掛かってて、更にその後の東京高速は一マイル当たり435万円の予算と、「略史」自身が言ってますし、新橋―東京間がどうしたら55万円になるのか?

委託工事費230万円は距離に対して高いと思うかもしれないけど、

     第一工區の着工は昭和十年十月で澁谷線のトップを切つた。同區間
   は延長一、一六七米、内鐵道省委託工事に属するもの五六米で、滿鐵
   支社前田村町間の工事は約六ケ月間速成したのであるが、田村町新橋
   間は地盤非常に悪く殊に省線高架橋下は東京地下鐵と連絡直通で地下
   二階四線の施工で地下埋没物等も非常に多く複雑した工事、

と大掛かりな工事になっています。実際にこの区間を含む第一工区の工事を落札したのは大倉組(指名だけれどちゃんと競争入札してる)で鉄道省委託工事部分も実際の施工は大倉組でやっています。


「今日はこんなところです。」

って、前回

  原田先生の随筆については、次章でもう少し見ることにしたい。

って書いたはずなのに、「原田先生」の出番が・・・。

なのでもう一度、
  原田先生の随筆については、次章でもう少し見ることにしたい。

 

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