1■ 冒頭
あなたはこんな怪談をご存知だろうか。
少女が引越しの際、古くなった外国製の人形、「メリー」を捨てていく。
その夜、電話がかかってくる。
「あたしメリーさん。今ゴミ捨て場にいるの…。」
電話を切ってもすぐまたかかってくる。
「あたしメリーさん。今タバコ屋さんの角にいるの…。」
そしてついに「あたしメリーさん。今あなたの家の前にいるの」という電話が。
少女は思い切って玄関のドアを開けたが、誰もいない。やはり誰かのいたずらかと思った直後、またもや電話が…。
「あたしメリーさん。今 あなたの後ろにいるの」
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3-1◆ 1
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俺は、怪談や都市伝説の類を基本的に信じることは無い。
たとえば、オチで関係者が全員死ぬ怪談がある。
なぜそれは広まったのか。誰が広めたのか。
関係者が全員死んでいるのならば広がることなどありえない。よって作り話。
犯人のような人物がいるとして、その犯人が広めた?そんなことは普通しないだろう。俺だったらしないね。
ひとつの話でもオチがまちまちだったり、そもそも根本から違ったりと、信憑性のかけらもないものが多い。
他のタイプの怪談もあるだろうし、ここで異論が上がることもあると思うが、まぁ俺個人の考えだ。
無理に他人に押し付けたりはしない。
だからこんなふうに、
「なぁ、これなんてどうだ?割とよさそうな話だと思うんだけど。」
「世の中には偶然というものがつきものでして。」
同じサークルの友人に都市伝説の話をされても、適当に流す。
何のサークルかって?よく聞いてくれた。
そう、その名も 「世界に多々ある怪談を 全てくまなく調査し 信憑性を確かめよう の会」。
略してSOS団(サークル長談)である。
といってもこのサークル、サークルとして認められているのかすら怪しい上、ああかなしきかな。
なんと、メンバーは二人しかいない。
「んだよ、急にこっちみて。」
井迫 功。昔からの親友。割とノリで生きてる。
サークル発足を唐突に、それもかなりのテンションで宣言した日はいまでも、いやいつまでも忘れない。
いさこいさおって変な名前だな。と茶化すと怒る。変な名前だな。
「いや、サークル発足日が懐かしいな、と。」
「恵人も乗り気だったな!」
「いやいや俺は反対しましたヨ?」
高田 恵人。俺の名前。とくにこれといって書く事もない凡人である。
一応発足には反対した。そんな変なサークル立ち上げるな。俺を巻き込むな一人でやれこっちに寄るなそういう類のものには興味が無い。
何故俺がこのサークルに入っているのか。あいつ、男の癖に嘘泣きしやがった。
俺の良心につけこんでくるとは汚いな流石いさこいさお汚い。結局入るハメになった。思い出すと少し腹が立つ。
「っと。もうこんなところか。んじゃ俺の家あっちだから。」
「おう、じゃあな。いさこいさおくん。」
「うるせぇ!」
腹いせである。
実際のところ、こう親友とだらだらしつつ、適当に調べものをし、適当に調査し、適当に引き上げ、適当に…
書いていったらきりがないほどの適当なサークルである。
とくに入る予定だったサークルもなかったわけで、現状がつまらないわけでもなく。
まんざらではない、といったところだろうか。
功の姿が見えなくなったところで、俺は我が家に向かって再び歩き出すのだった。
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3-2◆ 2
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がちゃり。
ドアを開けると玄関の芳香剤の匂いが鼻に付く。
一応置いてはいるが、ぶっちゃけたところあまり好きではない。
まぁ、一人暮らしの男の履いた靴の臭いよりはマシである。
「んー、疲れた。」
ブーッ ブーッ。ブーッ ブーッ。
着信アリ。
「……理子からメールか。」
茅原 理子
そろそろ栄養が偏るころでしょうし、明日は食事を作りにそちらにいきます。
コンビニ弁当ばかり食べないように!
「すこしは自炊もしてるんだぞ、すこしは。」
チャーハン。インスタントラーメン。焼きそば。朝に目玉焼き。
……たしかに栄養は偏るかもしれない。
「わかりました、と…。」
適当に返信をし、携帯を閉じる。
風呂でも入るか。
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3-3◆ 3
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「やっべ、遅刻する。」
このサークルに入り、ひとつわかったことがある。
怪談や都市伝説の類は、意外とおもしろい。もちろん、信じはしないが。
昨日はおもしろいものがあった。
「メリーさんの電話」というものである。
やはりこの怪談も諸説あり、始まりからオチまでそれぞれ多種多様。
大抵は、メリーさんという少女から電話がかかってくることから始まり、最後に、
「あたしメリーさん。今 あなたの後ろにいるの」
という一文で終わる。
オチがあるものでは、最後に殺されるホラー気味のものから、そのままメリーさんが素通りするといったギャグ風味なものも。
割とメジャーなものらしく、かなり多くの記事あった。
とまぁ、それを調べていたせいで遅刻しかけているわけだ。自業自得である。
「今何時だ…。えーっと携帯携帯は…。あれ?」
しまった。家に忘れた。
「……急ごう」
駅までダッシュ。がんばれ俺の筋肉。
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3-4◆ 3のあと
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「あーおわった。」
ダッシュの甲斐あって、遅刻は免れた。
功に疲れた顔をニヤニヤ見られたが、反論する元気など残っているはずもなく。
なにはともあれ授業を受け、放課である。
「おーいたいた。今日は寄るところあるからよ、活動もなし!ちゃっちゃと帰っていいぜ。」
「あいよ。」
してもしなくてもいい活動は、今日は中止のようである。
とりあえず帰ってゆっくりするとしよう。
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3-5◆ 4
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がちゃり。
ドアを開けると玄関の芳香剤の匂いが鼻に付く。
一応置いてはいるが、ぶっちゃけたところあまり好きではない。
まぁ、一人暮らしの男の履いた靴の臭いよりは…。待て、昨日と同じこといってないか、俺。
「あぁそうだ、携帯家に忘れてたんだっけ。」
充電器から抜き、ディスプレイを開く。
「着信……13件……?」
ご丁寧に全件留守番電話までいれてある。誰だろうか。番号は知らないしなぁ。
「あたしメリーさん。いまゴミ捨て場にいるの。」
「あたしメリーさん。今タバコ屋さんの角にいるの。」
「あたしメリーさん。今コンビニの前ににいるの。」
背筋がぞくり、とした。だんだん近づいてきている。
「あたしメリーさん。今あなたの家の前にいるの。」
顔がこわばる。
「あたしメリーさん。いまあなたのうし…ろ…あれ?」
「あたしメリーさんだけど……。えーっと、携帯電話忘れていったの……?」
「あたしメリーさん……。いつ帰ってくるのー……。」
「えっと、あたし、メリーさん…。暇ですよぅ……。」
「メリーさんですよー。はやくーかえってきてー。」
「うう……。メリーさんさみしいですよぅ……。」
「がおーメリーさんだぞーたべちゃうぞー。」
「……ぐすん。」
「…………くぅ……くぅ……。」
…………。
思考が停止した。
「えー……っと……?」
落ち着け俺。状況を整理しろ。これはいたずらなのか。それともほんとうに?
そうだそうだ。最後は寝息を立てていたぞ。ほんとうならこの家のどこかに……。
案外早く「それ」は見つかった。
俺が立っていた左。寝室。ロフトベッドの上。白と黒のゴシックロリータを纏った金髪の物体。
や っ ぱ り ね て や が る 。
仮にも怪談の主がそれでいいのか。おまえほんとうにそれでいいのか。いや怪談は信じないけど。
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3-6◆ 5
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「ん……んぅ……?」
「あ。」
「ふぇ……?」
おきた。
「んぅ~……?……はっ!」
気づいた。
「もう!どうしてこんな日に携帯電話忘れるんですか!何時間待たせるんですか!
あんまりにもおそいんで寝ちゃいましたよぅ!」
いやまてそれよりも。
「なぁ、あんた、俺の後ろに立ってなくていいのかい。」
「ふぇ?」
しばしの沈黙。イッツサイレントナウ。正しいのかこれ。
「あーーーー!」
「あー?」
「どどどどうしよう!?どうしよう!?えーっとこういうときはこういうときは…!?」
ダメだったらしい。
「とりあえずさ、今からでも後ろに立ったら?」
「そそそそそうですね!そそそうしまふ!」
噛んだ。
「……ふぅ。」
とりあえずどうしたものかこれは。後ろ振り向いたほうがいいのだろうか。
いやでもそれで殺される話もあったしな、よく考えて…。いや怪談は信じないけど。
ブーッ ブーッ。ブーッ ブーッ。
着信アリ。
ピッ。
「えー、ごほんっ!あたしメリーさん。いまあなたのうしろにいるの!」
「ぶっ!ごほっげほっごほごほ!」
思わず吹きださざるを得なかった。
「あ、ひどい!どうして笑うんですかぁ!」
「いや、だって、ごほっ、そんな、げほっごほっ!」
無理だ。
「あ、ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってくださぁーい!」
リビングのソファーにつっぷして寝る。これはきっと夢。うん、そうだ。昨日あんなこと調べてたし。そうに決まってる。
「ふぇぇ……おきてくださいぃー……。」
きーこーえーまーせーんー。おやすみなさい。
「もしもしー……?くすぐりますよー。」
「こしょこしょこしょこしょ。……あれ?」
「うー……寝るの早いですよぅ……。ぐすん。」
「いいですもん、あたしも寝ます……。」
薄れ行く意識の中、ぱたぱたというかわいらしい足音が聞こえた気がした。
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3-7◆ 6
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ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポーンピンポーン。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン……
「うるさいっ!」
インターホンがこうもうるさいと、おちおち寝てもいられな……あれ、インターホン?
「やべ、理子が来るんだった!」
怒ってる。ぜぇーったい怒ってる。昔っからそうだ。待たせると怒る。殴る。
面倒なんだよなぁ。
「それにしてもおかしな夢を見たな……。」
昨日の調べものは俺の無意識にとってよほどおもしろかったと見える。
自分で自分がわからん。
「いまでますー!」
この間、衣服を正しつつ15秒。インターホンは絶え間なく連打されていたのだった。
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3-8◆ 7
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「おそぉぉぉいッ!」
ばこーん。
理子に頭を叩かれてから30分。リビングで反省させられつつ夕食待ち。
申し訳なく思った俺が手伝いを申し出ると、
「恵人はいないほうが作業がはかどるから」
だそうで……。
「はーい、できたよー。」
簡単な料理をお盆に乗せ、理子が台所からやってくる。
機嫌は直っているようだ。そんなことだろうとは思っていたが。
「おー、サンキュー。」
「そうそう、しっかり感謝して食べなさいよね。」
「へいへい、わかっておりますよ。」
箸を持ち、手を合わせて、いただきます。
相変わらず料理だけは上手い。
「いま料理だけは上手いとか思わなかったかしら。」
「滅相もございません。」
おぉ、幼馴染こわいこわい。
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3-9◆ 8
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「それじゃ、コンビニ弁当ばっかり食べないようにね!」
「あいあいよー。んじゃまた。」
がちゃり。お客人のお帰りである。
「んー、なんか疲れたなぁ…。なんもしてないはずなんだけど。あ、朝走ったんだっけ。」
とりあえずとっとと風呂に入って寝たほうがよさそうだ。
さっぱり。風呂は気持ち良い。割と好きである。
一回湯船の中でのぼせて危なかったが、それを差し引いても好きだ。
「さて、寝るか。」
家事を終わらせ、戸締り関連をし、寝室へ向かう。
「おやすみなさーい……。」
ベッドにはいって誰もいない家に挨拶を……ん?
なにかある。布団の中だ。探ってみるとこれは……。
「んへへぇ…。くすぐったいれすよぅ……。」
「あえ――?」
どうやら俺は、今夜から人生観を変えなきゃいけないらしい。
最終更新:2009年05月05日 07:24