「…これ、何度目だったかしら?」
博麗霊夢は何となく言ったような感じでそう呟いた。
その口調はいつも神社の掃除やお茶を飲んでいるとき一切変わりはない。
「…さてね、二度目以降は数えてない」
対峙する霧雨魔理沙はいつも通りを演じようとはしているが、緊迫した心境を隠すことには成功はしていないようだった。
額から流れ落ちた一滴の汗がそれを物語っていた。
続く沈黙。
魔理沙の心臓は早鐘のように鳴いている。
まだか?まだだ、勢いのままに飛び出したのでは最初の失敗を繰り返すことになる。
何もかもから『自然体』の霊夢に感情の赴くまま突っ込むというのは自殺しに行くようなものだ。
――それから数瞬の後、先に動いたのは魔理沙の方だった。
「おー、始めたねぇ」
霊夢と魔理沙が戦いを始めたのを遠目で見つめながら藤原妹紅は言った。
彼女がこうしているのは別にこの戦いを見に来たわけではなく、たまたま博麗神社居合わせた所に魔理沙がやってきて決闘を申し込んだのである。
「嫌よ」とにべもない霊夢に魔理沙は「霖之助から貰ってきた珍しい酒だ。不足はないだろ?」と言っていた。
「にしてもあの二人が争う必要なんてあるのかねぇ」
魔理沙が霊夢に固執する理由は分からないでもなかった。
彼女が竹林の奥に住む月の姫に執心してしまうのと似たようなものだろう。
それでも妹紅には争う必要性を感じることは出来なかった。
だって、あのえげつない月の姫と違ってそもそも霊夢自身が魔理沙のことを―――
「…なんだろこれ、よく分からない文字だけど英吉利とかの字かな」
妹紅に預けられたその珍しいお酒とやらにはこう記してあった。
『Spirytus』と。
戦闘の初期条件で何より欠かせないのは戦う場所もさることながら戦う相手との相性であると言える。
それは『弾幕ゲーム』とされる独特のルールであるこの戦いでも例外ではなかった。
その相性の点でいえば魔理沙と霊夢の戦いの相性は最悪であると言えた。
魔理沙が得意とするのは一点集中型の戦い方、言わば矛の様な戦い方である。
霊夢の戦い方は守りが主体のものだった。
それも硬さだけが売りの盾ではなく、柔軟性すらありある意味で最強の盾。
まともな戦い方では負けとまでは行かなくても勝ちを狙うことは決して出来ない。
――だから、切り札を用意した。
彗星『ブレイジングスター』
初手はいつも通りの一点集中、天狗娘の暴風の様な特効戦法。
並の相手をひねるには十分なくらいだが彼女相手にはまだまだ足りない。
夢符『二重結界』
予想通り防がれる。それも完璧に。
舌打ちするのを何とか耐えながらすぐに魔理沙は態勢を変える。
もたもたしていている間に反撃を食らってしまう。
宝符『陰陽――
「やるせる、かいっ!」
スペルカードの宣言の前に箒を構えなおして霊夢めがけて振り下ろす。
魔法を施してある箒だ。下手な鈍器以上の破壊力はあるから直撃すればひとたまりもない。
ここまでで二度目から四度目まではやられているのだ。同じ手は食わない。
耐性を崩す霊夢。すかさず魔理沙は追撃をかける。
スペルカードは使わない。並の攻撃では防がれるのがいいオチだというのを今まで経験から学んでいる。
魔力の無駄遣いだ。
避けられる。当たらない。かわされる。当たらない――
(っ!!)
分かっていたことだ。並の攻撃では一撃をくらわせることすら難しいことは。
それでも、何度経験しても焦りはつのる。
届かないのではないか、魔理沙の一撃は霊夢にそれこそ一生かけても届きはしないのではないのか、そんな錯覚にとらわれる。
振り払おうとしてもその不安は常に付きまとってくる。
霧雨魔理沙にとって博麗霊夢は常にそういった対象であった。
彼女初めて会った時のことを魔理沙は今でも忘れていない。
彼女は『自然体』だった。あるゆることから完全に調和を守っている完璧な存在であるように思われたのだ。
そんな彼女だったからこそ魔理沙は目標にすることができた。
目標には追い付かなければ何の意味もない――!
「――くっ!」
楽々避けているようで実際には堪りかねていたのだろうか、魔理沙の気迫に押されたように霊夢の姿が突如消える。
ここまでは魔理沙の予想通りだった。
ただし、ここからだった。次にどこから現われて攻撃を仕掛けてくるのか予測がつかない。
五度目からはずっとこの戦法でやられている。魔力の流れで予測出来れば簡単なのだが、あの霊夢にそんなミスを期待する方が無駄だった。
心臓が早鐘のようになっている。急げ、急がなければ用意した手札の意味がなくなる。
焦りだけが募る。実際には一秒にも満たない時だったろうが、魔理沙にとってはそれはずっと長い時に感じられた。
やがて、魔理沙はそんな心境になっている自分が可笑しくなった。
確かに霊夢を超えることは彼女の目標だ。
でも、目標にたどり着くことが彼女の目標ではないのだ。
その上を目指すことこそが魔理沙にとっての目標なのだ。
上を見続けなければこの人生に何の価値もない!
――だから、
迷うことなく、
上に向かって、
彼女は、
高らかに宣言した
星符「ドラゴンメテオ」――!!
動きが読まれたことは霊夢にとっては意外なことだった。
膨大な魔力を込めて上に突き進んでくる魔理沙に霊夢は正直感嘆していた。
その成長は確実なものだった。一度一度挑戦する度に彼女は確実に成長していた。
博麗霊夢にとって霧雨魔理沙に対して最初に抱いた感想は煩わしい奴、ということだけだった。
すべて自分の手で切り開くと言わんばかりで、実際にそれを実行していた。
その存在は、風に流されるだけの存在でいいと思っていた彼女に小さな変化をもたらした。
変われないはずがないのだ。この彗星のようにまっすぐな少女のすぐ近くにいて。
――だから、
迷うことなく、
それを否定するように、
彼女は、
冷やかに宣言した
夢境『二重大結界』
閃光。
次の瞬間地面に叩きつけられていたのは魔理沙の方だった。
霊夢は魔理沙の最大であろう攻撃を完膚なきまでに防ぎきった。
地面に叩きつけられた魔理沙にお払い棒を突き付ける霊夢。
魔理沙は反射的に箒を霊夢の方に向けるが、完全にマウントポジションである以上霊夢の有利に変わりはないはずだった。
「私の、勝ちよ」
「そうかい…」
霊夢の宣告に対して魔理沙の表情に変化はない。
そう、やや不自然なほどに。
そして、彼女は箒の藁の部分の中に混じって入っているそれを確かに見た。
反応は、遅れた。
「―――いいや、私の勝ちだよ」
――そこにあるのは魔理沙の持つミニ八卦炉。
そこからとてつもない力の魔力が――
魔砲『ファイナルスパーク』――!!!
魔理沙の本当の最後の「切り札」であろうそれは霊夢に避けることは叶わなかった。
本当に全身全霊の一撃だったのだろう、彼女は肩で息をしている。
「…大したものね」
冷や水を浴びさせられたように魔理沙の動きが止まる。
いくら霊夢でも戦闘不能な状況にはできたと思っていたからだろう。
けれど、舞い上がる砂ぼこりの中から姿を現したのは確かに霊夢だった。
念には念を入れて展開したままにしていた結界は全て吹き飛ばされた。
けれど、けれどもそれは完全に霊夢を戦闘不能にするまでには届きはしなかった。
恐らく万全の態勢で撃ち込まれていれば彼女の目論見どおりになっていただろう。
けれどこれが現実だった。
「その一撃に敬意を示して、こっちもとっておきのスペルカードで応えるわ」
魔理沙を完膚なきまでに叩きのめすべく、持てる限りの力をそのスペルカードに籠める。
『夢想天――
「あっちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
その時に、辺りに響き渡るそんな叫び声が聞こえた。
何事かと霊夢と魔理沙が声のした方を見てみると。
――なんか凄い勢いで燃えてる奴がいた。
どう見ても妹紅がなんか燃えていた。
「…なにあれ?」
「……あー、そういえばアルなんとかの濃度が高いから引火に気を付けろとか霖之助が言ってたような気がするぜ」
つまりこういうことなのだろうか。
何故か妹紅が酒をぶちまけた→妹紅の火に引火した。
「…なんじゃそりゃ」
そんな霊夢の突っ込みも力ないものだった。
「…わざとだったでしょ?」
ふらふらと危なっかしい感じで帰って行く魔理沙を見送りながら霊夢が妹紅に向かってそんなことを言った。
ぶちまけてしまった酒については「今回も私の負けだ。遠慮なくもらったということにしておいてくれ」ということだった。
「さてね、何のことだか」
「とぼけるな。お酒をぶちまけるとこまでは何となくあるかもしれないけど、あなたが能力を使ってる理由がないでしょうが。そもそもあの程度の火で熱がるわけない」
「ありゃ、お見通しか」
いい女ってのはお見通しでも何も言わないもんなんだけどねぇ、と妹紅は思ったがそれについては特に言及しないでおくことにした。
「どっかの巫女さんが本気で殺し合いでも始めかねない勢いだったように見えたから止めただけだよ」
「…永遠亭の姫様とは殺し合いをしてる人の言うことにしては甘いことね」
「だから、さ。あんなもん命がいくつあったって足りるもんじゃないんだから」
「…余計な御世話」
なんとなく拗ねているように見えて妹紅は意外なものを見ているような気分になった。
この博麗の巫女はあらゆることに達観していて、魔理沙の挑戦に対しても何の興味もないと思っていたのだが。
最後の本気そうな雰囲気といい、予想が外れたということだろうか。
(いや、外れて良いのか)
妹紅はすぐに自分の考えを否定した。
こんな予想外れていた方が良いに決まっているのだ。
「でも、我ながらあの止め方は強引だったかな、とは思ってるわ。あれじゃ不完全燃焼もいいとこだろうし」
「…良いわよ、別に」
「へ?」
「どうせ魔理沙のことだからそのうちまた挑んでくるでしょ」
そう言い切ると霊夢は「さて、夕餉の支度しないと」と言い残して歩いて行ってしまう。
もしかすると、少し変であるけどこれが二人の友情の形なのかも知れない。
妹紅がそんな意外な発見をした日のことだった。
最終更新:2008年12月14日 01:52