Masspy5thChronicle

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東北大Masspy年代記~設立から5年目まで~





若い人は定理の証明をすべきであり、老人は本を書くべきである。(G.H.ハーディ、『フェルマーの最終定理』p.31)


現在構想練り中です。

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メンバーが足りなかった頃のMasspyでは、一人一人が、独りで闘える能力を備えていた。育成のしくみはなかったから、即戦力になれなかったメンバーは、自然と離れていった。
中途採用の者や、打たれ強い新人だけが、生き残った。

兵は詭道なり。
数で勝負できなかった我々にとっては、極端さが唯一の武器だった。
ヒット&アウェーや、ゲリラ戦術をよく用いた。
少数精鋭の文化を維持するために、普通は淘汰された。

しかし、これからは違う。
過渡期は終わった。
この先に待受けるのは、大企業になるためのフェーズである。

普通も受け入れよう。
どっしり構えて兵糧戦・持久戦にも耐えられるような、体力をつけよう。

これからは、精鋭でなくても闘えるようなフォロー、すなわちチームで補間し合う可能性:集団の強みや、兵卒を戦力に変えるツール:人財育成の仕組みを追加せよ。

弱い人間にも活躍の場を用意できるよう、厳しさと思いやりを合わせ持った文化を作れ。

東北大の1年生は、実戦経験のない士官のようなものである。
地頭はよいが、叩上げではないので、度胸や胆力が弱い。

彼らが、いつしか精鋭となって、社会に出られるようにする練習の場が、Masspyである。
老獪なOBOGは、かつて、自らが主役となって駆け回った戦場を見るたびに、それを思い出すはずだ。





(小野寺)
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