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写真週報に見る海軍総合戦果の虚と実


はじめに

写真週報、という雑誌をご存じだろうか? 戦前から戦中にかけて情報局が作成していたグラフ誌だ。
情報局という、言論統制や戦争世論の形成を目的とした機関が作った雑誌故にその紙面は扇情的、
露骨に言えばプロパガンダが全開だ。とはいえ戦時中政府は何を考えていたのか、
国民はどんな生活を送っていたのかを知るための優れた資料であることもまた事実である。

そんな写真週報に興味深い記事があったので、他の資料と交えて紹介したいと思う。
この項から太平洋戦争のどうしようもなさを少しでも感じ取っていただければ幸いだが、例によってゆるく行こう。

本項

今回紹介するのは写真週報第302号 ( 昭和18年12月22日号 )の記事の一つ、
「二カ年の海軍総合戦果と敵米英艦船関係人的損害推定」だ。
これは太平洋戦争が始まってからの2年で日本が沈めた戦艦・空母・巡洋艦などが国別に細かく記載されている表だ。
大本営発表の影がちらつく中、この表はどこまで真実に迫っているのだろうか、早速見てみよう。
  • 表は右に項目、左に注釈が書いてあるが、左に項目、右に注釈に直した。そのため元の表とは鏡写しになっている
  • 漢数字はアラビア数字に変更した
  • 合計の欄に隻数が無く、人的損害しか計上されていないのはオリジナルの通り
  • オランダ船の人的損害を計算していないのはオリジナルの通り
  • 所々微妙に計算が合っていない点もオリジナルのまま記述した
    • イギリス巡洋艦の撃破における人的損害255人など。6倍すると1530と中途半端になる。
  • 米海軍艦艇は真珠湾における戦果とその他の戦果が分けて記述されている
以下はオリジナルの注釈
  • 本表は帝国海軍総合戦果を基準とせるものにして、艦艇の損害中、米英蘭いずれに帰属するや不明なる物はことごとく
    これを米国艦艇とし、撃沈破船舶の10分の9及び10分の1をもってそれぞれ米国および英国の船舶とす。
    • 注:今回は割愛したが、ここで言う船舶とはこの表の後半に載せられている兵員船や輸送船のことを示す。
  • 艦艇の人的損害は、撃沈の場合には基準乗員の2分の1(真珠湾攻撃の場合は5分の1)、撃破の場合には
    6分の1(真珠湾攻撃の場合は10分の1)とするも、潜水艦撃沈の場合には全員を損害とす。撃沈には轟沈を含む。


艦種 戦艦 空母 巡洋艦 駆逐艦 特務艦 潜水艦 砲艦 掃海艇 魚雷艇 小艦艇 特殊艦艇 艦型未詳 合計
真珠湾 その他 真珠湾 その他 真珠湾 その他 真珠湾 その他
基準乗員 1300 1400 500 150 450 100 200 20 15 20 50 300
アメリカ 撃沈 隻数 5 11 26 2 81 61 1 2 147 8 7 35 21 3 6
人的損害 1300 7150 18800 200 20250 4575 90 520 14700 800 70 280 210 75 900 69920
撃破 隻数 4 9 12 6 46 2 40 62 6 1 7 26 2 5
人的損害 520 1953 2820 300 3910 30 1000 1054 210 4 21 104 18 250 12194
人的損害合計 1820 9103 21620 500 24160 30 5575 90 520 15754 1010 74 301 314 93 1150 82114
拿捕 1
イギリス 撃沈 隻数 2 1 9 14
人的損害 1300 700 2250 1050 5300
撃破 隻数 2 3 5 2
人的損害 434 255 125 150 964
人的損害合計 1734 700 2505 1175 150 6264
拿捕 2 1
オランダ 撃沈 4 1
撃破
拿捕 1 2
わが方の損害 沈没 1 3 3 23 2 11 6 3 2
大中破 1 2 5 12 1 5 1 1 1


さて、一方実際の損害はどのようなものだっただろうか。日本艦艇の撃沈ソースにはこちらのサイト、米軍艦艇の
撃沈ソースにはwikipedia日本語版のこの記事を利用してリストアップしてみよう。ただ、米国時間と日本時間の
違いや艦艇が除籍に値するほどのダメージを受けた日と実際に除籍された日のズレ、写真週報302号の発行された
タイミングなど色々考慮すべき点はあるし、さらに「○○国海軍によって撃沈された」と言い難い船が数多くあることが
問題をややこしくしている。例えば爆沈した陸奥や訓練中に沈没した伊179をどう扱うか、あるいは座礁の後放棄された
米潜水艦S-36や味方の機雷で沈んでしまった駆逐艦スターテヴァントなどを何とカウントするかは難しいところだ。

加えて潜水艦は撃沈=乗組員全員死亡、ということがままあるため最期の様子が「たぶん撃沈」としか書けない物も多い。
とりあえず「真珠湾から1943年12月31日までを対象として、前線での作戦行動中にあらゆる理由で撃沈、
ないし後に除籍と判断されるほどの損害を受けた艦艇」を船名と共にリストアップすることにし、戦艦という主力艦である陸奥は
特例でリストにカウントとした。なにぶん人間が判断した物なので数隻の差や選定理由のブレはご容赦願いたい。
戦艦と巡洋戦艦、空母と軽空母、軽巡洋艦と重巡洋艦は区別していない。
それともちろん、アメリカ・イギリスの船は太平洋戦線で喪失した船に限っている。


艦種 隻数 船名
日本 戦艦 3 比叡,霧島,陸奥
空母 7 祥鳳,加賀,蒼龍,赤城,飛龍,龍驤,冲鷹
巡洋艦 8 三隈,加古,古鷹,由良,衣笠,天龍,神通,川内
駆逐艦 57 疾風,如月,東雲,夏潮,菊月,山風,子ノ日,霰,睦月,朝霧,弥生,吹雪,
叢雲,夏雲,朧,暁,夕立,綾波,早潮,高波,照月,狭霧,沖風,羽風,
巻雲,追風,大潮,白雪,朝潮,荒潮,時津風,村雨,峯雲,磯波,陽炎,黒潮,
親潮,新月,長月,夕暮,初雪,清波,三日月,有明,江風,嵐, 萩風,夕雲,
望月,初風,涼波,早苗,夕霧,巻波,大波,沼風,芙蓉
潜水艦 44 伊70,呂66,呂60,伊60,伊124,伊73,伊23,伊28,伊164,伊123,呂33,
呂61,伊22,伊30,伊15,呂65,伊172,伊3,伊4,伊1,伊18,呂34,
伊31,呂102,伊178,伊24,伊9,伊7,呂107,伊168,呂103,伊17,呂35,
伊25,伊20,伊182,呂101,伊34,伊19,呂38,伊35,呂100,伊40,伊21
アメリカ 戦艦 2 アリゾナ,オクラホマ
空母 5 レキシントン,ヨークタウン,ワスプ,ホーネット,リスカム・ベイ
巡洋艦 9 ノーザンプトン,ヒューストン,アストリア,クインシー,ヴィンセンス,
シカゴ,アトランタ,ヘレナ,ジュノー
駆逐艦 33 ダンカン,メレディス,オブライエン,ポーター,バートン,カッシング,ラフィー,
モンセン,ベンハム,プレストン,ウォーク,トラクスタン,ピアリー,
スチュワート,エドサル,ポープ,ピルスバリー,スターテヴァント,シムス,ハムマン,
ブルー,タッカー,ジャーヴィス,ブラウンソン,ヘンリー,シャヴァリア,パーキンス,
ウォーデン,ド・ヘイヴン,アーロン・ワード,マドックス,グウィン,ストロング
潜水艦 23 シーライオン,S-36,シャーク,S-26,パーチ,S-27,グラニオン,S-39,ワフー,
S-44,コーヴィナ,スカルピン,カペリン,アルゴノート,アンバージャック,グランパス,
トライトン,グレナディアー,ピカーレル,ランナー,ポンパーノ,シスコ,グレイリング
イギリス 戦艦 2 プリンス・オブ・ウェールズ,レパルス
空母 1 ハーミーズ
巡洋艦 3 エクセター,コーンウォール,ドーセットシャー
駆逐艦 4 スレシアン,エレクトラ,ジュピター,エンカウンター
潜水艦 0


上記の表二つを足して見やすくした物が以下になる。表中における「写真週報での損失」とは
アメリカ・イギリスの場合撃破・撃沈を足したものであり、日本の場合沈没と大中破を合わせた物だ。
実際とのズレは、プラスなら戦果水増し、マイナスなら過少申告を示す。


戦艦 空母 巡洋艦 駆逐艦 潜水艦
日本 写真週報での損失 2 5 8 35 16
実際の損失 3 7 8 57 44
実際とのズレ -1 -2 0 -22 -28
アメリカ 写真週報での損失 29 38 135 103 209
実際の損失 2 5 9 33 23
実際とのズレ +27 +33 +126 +70 +186
イギリス 写真週報での損失 4 1 12 19 0
実際の損失 2 1 3 4 0
実際とのズレ +2 0 +9 +15 0


考察

色々言いたいことはあるが、とりあえず最初に戦果の誤認について一般論を言っておこう。
古今東西の戦場において、「どれくらいやられたか」は割と正確に分かるし記録せざるを得ないが、
「どのくらいやっつけたか」は何倍にもふくらんだりする。なにぶん戦場は忙しいせいでしっかり確認できない訳だ。
とりわけ忙しい空中戦は顕著で、「2機のパイロットが敵機を撃墜したとそれぞれ申告したが、実は2人が見た
飛行機は同一機で、しかも急降下で逃げ出しただけだった」なんて話はザラにある。

それは陸戦も海戦も変わらないし、また誤認ではなく半ば意図的過大申告の問題もあり、
「あの船は炎上したから多分撃破、よし次!→火災を食い止めてピンピンしてます」
「あの戦車は動かないから多分撃破だろ、それ撤退撤退!→穴も空いてませんでした」
なんて事が起こりうるのは容易に想像できる。大戦後半には劣勢となった側が練度低下・勝利への願望が
原因となった複合的要素が原因の過大申告も起こる。

さて、冷静になって表を眺めると興味深いことが幾つか分かる。日本が失った船について、
この段階ではそこまで目茶苦茶な過少申告はしていないと言う事だ。確かに駆逐艦や潜水艦は
半分近い過少申告がなされているが、戦艦・空母・巡洋艦といった主力艦については母数が少ない
こともあるがそこまでべらぼうな数値の操作を行っていない。陸奥の爆沈は民間には
秘匿されていたというから戦艦の損失が2隻のみとなっているのはそれなりに納得がいくし、
巡洋艦の損失はピッタリだ。空母の損失にしても、冲鷹の撃沈は43年12月4日だから12月22日号の
写真週報302号にはたとえ掲載するつもりがあっても間に合わなかったかも知れない。
やはり「やられた数」をあんまりもごまかすのは難しいと言う事だろうか?

また「日本は真珠湾で空母を取り逃がした」と国民に明かしていながらも、撃沈した船の数
そのものは戦艦より空母が多い。つまりこれからは空母がバンバン主役になる時代だ、
と宣言しているようで面白い。

イギリス船の撃沈数にしても、そもそもの数が少ないため意図しない誤認・意図した過大申告をする余地がないのか
「オーストラリア船をイギリス船と間違えちゃった」とか「重巡を戦艦だと思っちゃった」
なんて言い訳がギリギリ出来るラインでなんとか抑えている。空母の撃沈数も一致しているしね。

だが……

見ての通り、ことアメリカに限っては戦果盛りすぎだ。何かの間違いかと思うくらい20隻30隻単位で水増しがなされている。
これでもかこれでもかと増やしまくった結果、日本が撃沈(仮)した戦艦の数はアメリカが太平洋戦争の全期間を通じて保有した
戦艦の数を上回ってしまっている。空母の数も同じく、大戦中に沈んだ全ての米空母の3倍だ。それどころか大戦中に存在した
あらゆる米正規空母を沈めてもなおおつりが来る。さすがに護衛空母まで勘定に入れるとアメリカの工業力が写真週報の記事を
上回るのだが、それはそれで恐ろしい話だ。

巡洋艦の135隻ともなると笑うに笑えなくなってくる。なにげに駆逐艦より数が多いが書き間違えではなく本当に135隻だ。
うーむ……古今東西、米軍に籍のあった「軽巡」「重巡」と付く船を端から端まで足してようやく超えられる数値だぞこれは。
日本的に言うと睦月型以降、松型までの全ての一等駆逐艦を合わせてやっと超える数値だ。
これ、流石に国民に水増しがバレるんじゃなかろうか。

駆逐艦の撃沈数(仮)も凄い。43年末の数値なのに、アメリカが大戦中に失った全駆逐艦の約1.5倍の数値になっている。
念のため言っておくけど、大西洋でUボートに沈められた駆逐艦や味方の船とごっつんこして沈んだ駆逐艦、
台風で沈んだ駆逐艦をも入れたあらゆる原因による損失の1.5倍だよ! だけど本当に凄いのは写真週報の戦果を
遥かに超える数が作られたフレッチャー級175姉妹かもしれない…。

潜水艦に至っては最早何も言えない。ガトー級とバラオ級、合わせて205隻を全て沈めてもまだ4隻足りない。
大戦中に沈められた米潜水艦を4回おかわりできる数字が出て来ているのだが、あなたねぇ…。

そして雑誌は国外へ

写真週報第302号を読んだ内地の国民が「帝国海軍は世界最強ォ!」と思ったか「いくら何でもありえねぇンじゃ?」
と思ったかは分からない。だが、話は「国内グラフ誌に載せられたプロパガンダ」では終わらなかった。

どこでどう手に入れたのか、米軍はこの写真週報302号を入手し、その戦果の水増しぶりを揶揄する伝単(宣伝ビラ)を
上陸後のレイテ島でばらまいている。その名も「婆々藝者と軍部」。伝単botでその中身をうかがい知ることが出来る。
表面: http://i.imgur.com/pMKmFw7.jpg  裏面: http://i.imgur.com/MXmJwXf.jpg

「雑誌の中で撃沈・大破したって書いてある船の数は当時米軍が持っていた船の総数を遙かに上回るんですけど~」
「もしそれだけの船を失ったとしたら、一体全体何でニューギニアやサイパン、グアムを奪回できたと思う?」
などと論理的に、しかし強烈に皮肉っている。とどめは台湾沖港空戦を引き合いに出し、
「ラジオでは『米軍のフィリピン上陸の企図は完全に粉砕された』って言ってたけど、その5日後に
 米軍はフィリピンに上陸したんだよねー。ふっしぎー! そう言えばフィリピン沖の海戦でも大勝利って言ってるよね」
と日本兵の心をえぐることに微塵も迷いが無い文章を連ねている。そして見て来たとおり、
写真週報に書かれた「戦果」は実際問題として米海軍の船を文字通り全滅させてもなお足りないほど水増しされていた。

婆々藝者とは、古典落語に出て来るような「嘘ばかり声高に言い立てる女」という意味のようだ。日本兵のなかにも、
大本営発表の「毎日の戦果を合計すると、アメリカには戦艦や、空母はなくなってる」と後で気がついた物があった
(ミンダナオ島の第三〇師団野戦病院衛生兵・平岡善治『パラナンの海は青かった』近代文藝社、一九九四年」)。

一ノ瀬俊也「戦場に舞ったビラ」より引用

そして最期に、筆者がこの写真週報第302号で一番どうしようもなさを感じたことを述べたい。
写真週報の裏表紙には以下のとおり書いてある。

[本誌を回覧に]
本誌を、隣組や職場で回覧するなど、出来るだけ有効にご利用ください
[前線慰問にも]
またお読みになったら本紙を前線慰問に送りませう。送料は内地と同様で
帯封あるひは開封にして第三種と明記すれば一部一銭です。

残酷な、あまりに残酷な一文である。当事者に悪意が無いどころか善意で書いてあるからなお残酷だ。
発行からレイテ戦まで10ヶ月の開きがあるからそうタイミング良くはいかないだろうが、しかし戦時下の郵便状況だ。
もしレイテの土地でこの雑誌を受け取った将兵達がいたとしたら、彼らは何を思っただろうか。
前線と銃後の意識の隔絶、国民が架空の戦果に浮かれる一方で迫る実体験としての物量差、
表中の勝利と現実の敗北、消えたはずの米艦隊と消えない米艦隊etc…。

「写真週報第302号」と「婆々藝者と軍部」、その両方を一度に見たという日本兵が居ないことを期待して止まない、
と言う考えはいささか独善的過ぎるだろうか。「婆々藝者と軍部」は次のように締めくくられている。

「が然し諸君!! 大戦果の發表毎に米國軍が益々*1日本々土に接近しつゝあるに反し
 諸君が次第に苦戦に陥らなければならないのはどうした事でせうか。」

かくして、「海軍総合戦果」は銃後の国民の士気を上げるためによかれと思いでっち上げた架空の戦果で
最前線で戦う兵士の士気を破壊してしまう、という皮肉という他無い結末を迎えることになった。
組織は自ら発した情報で自殺できる事を我々は肝に銘じなければならない。


おまけ

同じ記事によるとこの2年間で撃墜した米軍戦闘機は5242機。爆撃機は1747機だという。
うち陸軍の戦果が2347機。海軍の戦果が4642機とある。また米英の人的損害の計は
戦死・戦病・戦傷・行方不明・捕虜合わせて39万8946人、一方日本のそれは15万9000人だそうだ。
これが実際のそれとどの程度乖離しているのかは航空戦史や陸戦史の好事家に任せたい。

表紙。20ページしかないので
ペラペラである
本文中の表の元ネタ。
字が小さくて見づらい
裏表紙の例の言葉。この上には
国債を買うよう勧める広告が
画質がイマイチなのは携帯のカメラで撮ってるからです。許せ。


参考:
アジア歴史資料センター http://www.jacar.go.jp/
資料の閲覧→レファレンスコード検索→A06031059500 で写真週報の閲覧が出来る。
ただし文字が読み取れるかギリギリレベルの画質なのでその点は注意

『写真週報』 にみる昭和の世相_特別展にあたって
http://www.jacar.go.jp/shuhou/home.html



最終更新日 2014-08-22








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最終更新:2014年08月22日 14:13

*1 本来は「々」ではなく二の字点