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近況

「ふしぎの国の世界大戦」にちょっと書いたけど、wikipediaを流し読みしているうちに面白いことを発見したのでちょっと書き記
しておく。1807年、イギリスで奴隷貿易法が成立し、奴隷貿易が違法になった(奴隷制度自体が廃止されたのは1833年)。奴隷の
「密輸」を防ぐため1808年にロイヤルネイビーはWest Africa Squadron、西アフリカ隊とでも言うべき部隊を創設しアフリカ沖に軍
艦を展開させた。1808年から1860年の間に1600隻の奴隷船を拿捕し15万人以上のアフリカ人を解放したとある。創設当初の戦力は極
めて貧弱であり、1818年時点では5000キロに及ぶ海岸をパトロールするのに6隻しか船がない有様だった。翌年には現シエラレオネ
首都のフリータウンに海軍基地が設置され、アセンション島、ついでケープタウンが補給地として利用できるようになる。

取り締まりは徐々に成果を上げ始めたが、密輸業者たちも黙っておらず、ボルチモア・クリッパーと呼ばれる高速船を使うことで網
の目をかいくぐるようになった。これらの高速船をしばしば取り逃がしてしまったロイヤルネイビーは、運良く捕獲した高速奴隷船
を軍艦として用いることで勢力を巻き返した。そのような船の中で最も成功したのが"Black Joke"という名前からしてブラックジョ
ークのような船である。さるブラジル人が1825年に購入したヘンリケッタ号(Henriquetta)は奴隷船として使われていたが、1827
年に英海軍に拿捕された。これを軍艦として再利用したわけだ。海賊船と撃ち合ったり奴隷商人を追い回したりを繰り返し、1年間
で11隻の奴隷船を拿捕したという。1840年代には実用化が始まったばかりの外輪式蒸気船まで持ち込まれ、最盛期には全艦隊と海兵
隊の6分の1(兵員の数なのか船舶の数なのかは分からん)が割り当てられる大所帯になっていた。17世紀には世界最大の奴隷貿易国
だったイギリスが200年後には奴隷制度廃止のために軍隊を動かすんだから歴史は分からない物だ。マッチポンプの感はあるが、自
国の汚点に自分でケジメを付けたという意味では、イギリス近代史において指折りの善行だろう。

「ふしぎ」でも取り上げたが、奴隷制度が廃止されたのも最初の実効力のある工場法が制定されたのも共に1833年のことだ。ロイヤ
ルネイビーは拉致され奴隷になりかけた人間は助けてくれたが、過酷で危険な長時間労働にあえぐ賃金労働者は助けてくれなかっ
た。ひょっともすると、そこまで含めて「ブラックジョーク」なのかもしれない。




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