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近況

ちくま新書の「理想だらけの戦時下日本」を読んでいる。
国民精神総動員運動(精動運動)の背景と実情を分析した話。なんというか、読んでいていろ
いろトホホな気分になってくる本だ。たとえば日の丸の取り扱い。「昔は祝祭日には国旗を掲
揚していた」というが、その昔ですら掲揚率は一割半。新聞記事で「壁掛けや机がけに流用し
ないで」と注意しないといけないほどぞんざいに扱われていた。新聞の投書曰く、出征する兵
士を見送った後の駅のホームには小国旗がそこかしこに捨てられていて悲しい、という。逆に
「国旗を正しく取り扱おう」みたいな運動が推進されたらされたで「出征軍人に寄せ書きした
日の丸を送るのは国旗を汚すことになるのでけしからん」「バーやカフェの宣伝マッチに日の
丸を使うな」というあまりにもしょうもない議論が起こる。(なんか2ch的というかツイッタ
ー的だな!)「日の丸弁当を普及させよう→北海道の家庭じゃ梅干しなんて作りません→じゃ
あ漬け物でもOK」という、ギャグみたいなことを旭川市では大まじめでやっていたらしい。

さて、続いて贅沢廃止運動が起こり大都市の富裕層を狙い撃ちにしていろいろ愉快なことをし
た。婦人団体の協力を得て街頭へ繰り出した人々は市内の目抜きの場所に立って「自粛カー
ド」なるものを身なりのよい女性に手渡す。そこには「華美な服装は慎みましょう、指輪はこ
の際全廃しましょう」と記されていた。さらに教科書でもおなじみ「贅沢は敵だ/日本人なら
贅沢はできないはずだ」の立て看板が東京市内だけで1500本も立った。何も好き好んでこん
なことをやっているわけではない。その背景には庶民の、精動運動による格差社会の平準化の
期待があった。なるほど精動運動でおれたち貧乏人の暮らしぶりも貧しくなる。しかしそれ以
上に金持ち連中の暮らしもぐっと下方に押し下げられる。暮らし向きが同じ十分の一になるに
しても100が10になるのと1万が千になるのとでは絶対的なダメージが違う…。

今日的に言えば「メシウマ」といえるこのほの暗い感情は社会のあちこちに吹き出した。国の
威を借りた平民のおばちゃんが雑誌片手に上流階級のご婦人に日頃の恨みとばかりにだめ出
ししまくる。さぞ溜飲を下げたことだろう。アメリカ人ジャーナリストの観察によれば「街で
豪華な着物や派手な洋服を身につけている女性は、愛国者に呼び止められ、説教される」。身
なりのいいご婦人が一掃されると、上記の日の丸議論のように、今度は平々凡々で人畜無害な
国民同士で不毛な「贅沢指摘合戦」が始まる。(この辺にネット世界と同じものを感じるがう
まく言葉にできない)

「戦時下の国民は精動運動に掛け金をおいた。戦争が社会を平準化する。国民は期待し
た。戦況が悪化していく。社会は下方平準化する。社会に暗い情念が渦巻くようにな
る。『贅沢は敵だ!』下流階層の多数派が内心ほくそ笑む。平時であれば生け垣を巡ら
す大号邸で暮らす令嬢が勤労奉仕や防火訓練で人前に出てくる。彼女がどのように見ら
れたかは想像に難くない。下方平準化社会は不健全な社会だった。さらに恣意的で不徹
底な戦時統制経済が社会のモラルの荒廃を招く」

娯楽目的のスキーは御法度だったが、健康増進のためと言えば許された。売り惜しみ、買いだ
め、闇取引をしたものが経済的勝利者となり、まじめに自粛自戒して耐乏生活を送っているも
のが嘲笑された。そして、経済の戦争になると結局下流階層は金持ちに勝てない。彼らは金・
コネ・闇市を使ってわりと好き勝手やっていた。彼らが本当に没落したのは、敗戦による新円
切り換え・預金封鎖・財産税のトリプルパンチを食らった後である。しかしその頃には、そん
な没落した富裕層を見てあざ笑うはずの国民たちは明日の晩飯にも事欠く生活で、とてもそん
な余裕はなかった。国民がようやく生活を立て直した頃には、戦後のどさくさで一儲けした成
金たちが新たな富裕層として君臨していたのだ。

「平等な社会は実現しなかった。国民は賭けに負けた」





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