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傭兵ギルドってなんなのさ?


謎だ。謎なんですよ。常日頃謎に思っている物の一つに「傭兵ギルド」と言う物があるんです。
ファンタジーやTRPGの世界ではお馴染みですが、職人とか師弟なんて言う単語とは縁が無さそうな傭兵が
なんでギルドなんて組まなきゃいけないのか?格好いいからギルドなのか、
実は深い意味があるのか、そんなこと無いのか、早速頭をひねってみましょう。

今更説明するまでもありませんが、ギルドとは同業者の組合・共同体であり、
外部に対する独占と排他、内部における競争の排除と共存共栄がその特徴です。
販売や営業に関しても独占的権利を有していた彼らはギルドの成員ではない「よそ者」に商売することを認めず、
また内部では仕事を分配し分け合う事で互いの生活を守りあい、
その強い結びつきと統制が商品の品質・価格を一定に保ちもしていました。

もう一方の主役である傭兵に付いても軽く説明しておきましょう。傭兵の定義自体はジュネーブ条約に詳しく記されていますが、
ここで話題となるのは中世~近世ヨーロッパにおける傭兵であり、全く時代が異なるためそのまま引用はできません。
ともあれ傭兵とは一般的に「私的な利益を得るために直接的に利害関係のない戦争に参加する兵士・集団」と認識されています。
ここでは傭兵制度が絶頂期を迎えていた三十年戦争の傭兵を取り上げてみましょう。
どのくらい絶頂期だったかというと、「連中が通った後にはペンペン草も生えない」と言われた
彼ら傭兵が略奪や徴発をしまくった結果ドイツの人口が4分の3になった、いや3分の2だ、
いやいや2分の1になってしまった……などと言われています。無論全部が全部傭兵のせいというわけではありませんが、
とにかく傭兵その他が頑張っちゃった結果ドイツの国土がこれでもかというくらい荒廃してしまいました。そのぐらい酷い戦争でした。

で。

三十年戦争当時の傭兵の雇用システムを見てみましょう。この時代傭兵を雇用してくれるのは王や皇帝といった君主です。
しかしあなたが傭兵になろうと決意した時に君主の所まで出向く必要があるのかというとそうではありません。
君主達はいわゆる傭兵隊長に兵士の募集や管理、装備の用意から果ては戦場での指揮に至るまでほとんどを丸投げしていました。
傭兵隊長は雇い主との間で報酬額や雇用期間といった細かな契約を結び、子分達を傭兵連隊長に任命、金を掴ませて各地へ派遣します。
傭兵連隊長はさらに自分の配下の子分を中隊長などに任命し、傭兵の募集や訓練を行わせます。なんか公共事業の下請け・孫請けみたいですね。
ともかくあなたが向かう先は人々の注意を引くために大道芸人みたいな馬鹿騒ぎをしてる各地の新兵募集係の所です。君主が頭を下げるのは、
時に万単位の兵力を差し出してくれる傭兵隊長であって「伝説の勇者様」とか「凄腕の傭兵様」では無いのです。世知辛いですね。
君主からの直接的な報酬は金銭や土地、爵位など傭兵隊長の希望によって結構幅がありました。

さて傭兵個人に対する給料は、上官である中隊長や連隊長が傭兵隊長から配分された金で支払われます。
命を張っている以上そこそこの給料(それでもほぼ確実にピンハネされているはず!)が貰えますが、
その金で装備や食糧全てをまかなわねばなりません。遅配や未払いは日常茶飯事としても、
ともあれ金のある内は農村や酒保商人から買えますが、戦争が終わって傭兵隊も解散となると唯一の収入が途絶え、
食うに食えなくなります。何せ大抵の傭兵は食い詰めたからこそ傭兵になるわけで、
耕す土地があるとか手に職があるなら最初から傭兵になんてなりません。*1
貯金したり略奪したりして稼いでおくべきでしたね。あ、そうそう、戦場で手に入れた物品は酒保商人が故買してくれますよ。
あなたの手元に現金はなく武器と鍛えた肉体、そして戦場で知り合った幾人かの仲間があるのみ。

となればやることは一つですね。そう略奪です!

職を失った傭兵達は徒党を組み野盗のような山賊のような悪者へとクラスチェンジします。世紀末な香りがしますね。
が、傭兵崩れも農民市民も出来るなら流血沙汰にはしたくない。というわけで彼らゴロツキが来ると
村人の方から進んで食糧を提供するようになります。通行税の逆バージョンみたいなもんです。
傭兵隊長もこれに目を付けます。彼らは貧乏な君主に通行した町や村で略奪しまくることをお目こぼしして貰う。
その代わり契約金無しのロハで戦闘に参加する。本来君主が村々から徴税した現金が傭兵隊長にいくのが筋ですが、ここを省いたわけです。
そうすると傭兵は戦争がない期間も食い詰めなくて済む。傭兵隊長や君主から見れば常に戦力を手元に置いておける。こういう訳です。
しかしその分街々は酷い目に遭う。何千人という傭兵(とその家族etc)がやって来て食糧や金目の物をあっという間に奪っていく。
奪う物が無くなると別の街へと移動してまた「合法的に」略奪する、と言う風に常に移動し続ける。まるでイナゴですね。
クレフェルトが「補給戦」で言ってた「近世やそれ以前の軍隊はマグロのごとく動き続けないと死ぬよ、マジで」というのはこういう訳なんですね。*2

はい! ここで話題は傭兵ギルドの謎へと戻ります。みなさん付いてきてますかぁ-!?

かようにプロでもなければ排他的でもなく品質が管理されているわけでもない傭兵のどこがどうギルドなのでしょうか。
もう一度ギルドの特徴を思い出してみましょう。傭兵ギルドもギルドである以上自らの規則に従い、
またその活動は支配者によってお墨付きを得ています。おっと、そう言えば傭兵隊長は君主から募兵特許状、
つまり「ワイんトコの土地で兵隊集めてもエエで」という許可を貰っています。これはお墨付きに他なりません。
さて、傭兵連隊長は傭兵隊長からこの募兵特許状を又貸ししてもらい傭兵を集めるわけですが、その中には金だけ貰ってトンズラしようとか
兵士の数をごまかそうなんて奴ももちろん居るわけです。となると傭兵連隊長には出来るだけ信頼の置ける人間を任命したい。

さぁ見えてきましたよ。つまり傭兵ギルドとは「傭兵隊長および傭兵隊長の信を受けた傭兵連隊長のみが加入できる組合」な訳です。
上層の高級将校のみが対象である点で「傭兵隊」「傭兵軍」とは微妙に違います。え? 分かりにくい? そんな方のために特別に図を用意しましたよ。
ギルドに加入出来るのは誠実な、つまりきっちり兵士の頭数を揃えて期日までに馳せ参じる傭兵連隊長のみ。
彼らのみが募兵特許状を傭兵隊長から又貸して貰え募兵でき(対外的独占)、また傭兵連隊長間で偏りが起きないよう、
どの地域でどのくらい傭兵を募集するか、金はどのように分け合うかをあらかじめ決めておく(対内的平等)わけです。
傭兵隊長をすっ飛ばして傭兵連隊長が直接君主と契約を結ぶケースもありましたから、
彼らはかなりの部分で傭兵隊長に近い存在だったのでしょう。そしておそらく、傭兵中隊長はギルドの加入者ではないでしょう。
下請け孫請けが繰り返され部隊が細分化された結果、中隊レベルにともなると君主や傭兵隊長からある程度自立していました。
また中隊長が高級将校かどうかを決める境目にもなっていました。中隊長より上の高級将校は貴族が大半を占めていたのです。
ヤン・フォン・ヴェルトなど農民上がりの将軍も居るには居ますが、大抵の傭兵隊長は没落した貴族やその子弟でしたし、
最も有名な傭兵隊長アルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタインも貴族出身でした。
一説には10万もの大軍を組織したとされているヴァレンシュタインですが、彼は神聖ローマ皇帝から占領地の徴税権を授かり、
それを担保にして金融業者から莫大な融資を受け傭兵軍を作り上げたと言われています。
その際に貴族という肩書きが(例え弱小貴族・没落貴族であろうと)役に立ったであろう事は想像に難くありません。
ギルドに加入するためには厳しい試験を突破し「親方」と認められねばなりませんが、こと傭兵ギルドに限っては
試験や資格の代わりに「貴族」という身分が必要であったとしてもおかしくはないでしょう。
何せ構成員の全てが貴族である以上、ギルドの試験官も貴族自身なのですからルールは決め放題です。
軍事的に有能な人間だと主張しても、腹の内が分からない以上
「まずはその有能ぶりで傭兵軍を組織してクライアントから爵位でも貰ってこい」
と突き放される可能性も十分あり得ます。そしてヴァレンシュタインの例を見ても分かるとおり、
傭兵隊長・連隊長というのは実は軍事的才能と同じくらい交渉術が要る、と。

なんというか、「派遣会社の『会社』な部分は社長と役員だけで、後はみんな金次第」みたいな
イヤンな結論になってしまいましたが仕方ありません。

つまりファンタジー世界における傭兵ギルドとは、
傭兵軍を組織しその上層部にいる貴族達の権益を保持・分配する組合であり、
傭兵ギルドの扉を叩く人間というのは爵位を持った食い詰め貴族である可能性が高い。
しかし実際に傭兵連隊長として加入できるのは名前と顔がそれなりに知られていて
誠実な人物であると判断された場合のみであり、間違っても立身出世を夢見る平民や
一旗揚げようともくろむゴロツキが来る所ではない訳です。


傭兵希望のみなさん、お問い合わせはお近くの新兵募集官まで。





参考

盗賊ギルドの正体
http://web.archive.org/web/20160111184255/http://www4.plala.or.jp/kaseiken/kasei/at02.htm
ドイツの混迷・三十年戦争
http://timeway.vivian.jp/kougi-65.html
subaruya @ ウィキ - プレゼミレポ1要約
http://www23.atwiki.jp/subaruya/pages/23.html
異世界転生ファンタジーの参考にならないギルドの話 | WTNB機関年代記
http://www.wtnb-bnz.jp/blog/medieval/guild
ミリタリークラシックスVol.14~Vol.19
「俺達の時代 第二章 三十年戦争」




最終更新日 2013-12-31





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最終更新:2013年12月31日 01:25
添付ファイル

*1 実際には色々あって職人や教師も傭兵になったそうですが。

*2 だと思う。