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神風7

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7(Epi.神風雛-VI)

二週間。今日で拓真さんが行ってしまってから二週間経った。
拓真さんからはちょくちょく手紙が来る。だいたい、三日に一度ぐらい。
もちろん、私からも返事を出したいけど、残念ながら住所が書かれていない。
あの人は肝心なところが抜けているから。…それにしたって寂しいけれど。

最初の一週間よりは、気持ちも落ち着いてきたし、だんだん拓真さんが生きて返ってくるような気がしてきた。
希望でしかないけれど、希望を持って生きるのは大事なことだと、亡くなったお父さんの言葉を思い出す。
お父さんの背中とてのひらは今でも大きくて、暖かいまま。
最後に話したあの日のたわいない会話も、私の中では消えていない。

拓真さんの手紙は、軍は疲れるとか、寂しくないかとか、ご両親は元気かとか。
他愛もない内容だけど、確かな愛情、大切に思ってくれている気持ちが見え隠れして、とても嬉しかった。






「あら、雛ちゃん」
「あっ、拓真さんの…」

ジリジリジリジリ。蝉が声高く鳴いている。
日差しは暑くじっとりと皮膚をむしばんで、外に出るだけで焼けそうな、夏まっただ中に。
買い物に出かける途中、拓真さんのおばさまに会った。

「拓真から、手紙来てる?あの子ったら、私たちより、雛ちゃんをよろしくって」
「あは…はい、来てます」

おばさまは元気そうだけれど、息子がいなくて寂しいという表情を見え隠れさせながら、明るい口調で私に話した。

「そちらもお父さんが亡くなって切り盛りは大変でしょう」
「…いえ、まあ、食費だけは浮くので…」
「兄弟、居なかったわね。私も子供は拓真だけだから、食費が浮くわ」

ふふ、とおばさまが優しい笑顔で笑って、それじゃあ、そろそろね。といって私に手を振った。
私はぺこりとお辞儀して、おばさまの姿が見えなくなるまで背中を見ていた。

(おばさま、心なしか痩せた…?)

拓真さんがいないから…だろうな。
息子が帰ってこないかもしれないのに心配でない訳がない。
だけどああやって明るく振る舞っていて…すごく強い人。
拓真さんは、こんなお母さんがいて幸せだろうね。






日が明け暮れするのがやけに早い。
最近、朝起きたらまず拓真さんに心の中で話しかけるのが日課になっている。

(拓真さん、元気ですか?私は今日も元気です…)

送れない手紙の為にこの気持ちが届くように。
…まあ実際は届くわけないんだけど。
こういうときこそ信じてみたいものだ、第六感っていうのは。

(手紙、いつもありがとう。住所を早く教えてくれないと、返事だせないよ?)

拓真さんは相も変わらず住所を書いて来なかったけど、こうやって話しかけていれば、いつかは書いてくるかな?

「雛、お父さんに手合わせなさい」
「はーい」

私の家では毎朝と毎晩、死んだお父さんに手を合わせることになっている。
もちろん、あの最初に拓真さんから手紙が来た日も、あとでちゃんと手を合わせた。
お父さんは、ずっと空から見守り続けてくれてる。これはお母さんの口癖。
だけど、そう考えるだけで心が温かくなるのは、きっと気のせいじゃない。
お父さんがちゃんと守ってくれてるって証拠だと思う。

「朝ご飯、いつもより少ないけど我慢してね」
「…うん。どうしたんだろう」
「最近お金の流通が悪いのか…ヤミ※でも行かないと揃わないよ」
「でも、ヤミって捕まっちゃうんでしょ?」
「そりゃあ、見つかればねぇ」

今までうちはヤミ米とかそう言ったものは一切食卓に出ていなかった。
お母さんは何かを決意したのか。それとも私の気のせいなのか。

(ヤミに行こうとしてる…?)

それでも生きていくためにそう言った違法のものを買わなければならない時代。
こんな時代になったのは何が原因で、何が悪いのか。
それすらもよくわからないけど、このころから日本への不満が高まっていったことはたしかだ。

戦争に勝ち躍進を進めているにしては粗末な情勢。
自分たちが苦しんでいるのにわずかな配給以外は何もしてくれない政府。
税金で良いものを食べている天皇様。
その全てが、日本国民を反政府へとおいつめた。

…何が悪くて何が良いのか。私にはよくわからないけど、ただ言えることは。
こんな無意味な殺し合いでプライドを保とうとする日本政府が、自分の考える中では一番悪かったことだ。

※ヤミ…ヤミ市場のこと。米や日用品を変えたが、政府では禁止されていたので、見つかったら捕まるか買ったものを没収された。


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