Novel

神風5

最終更新:

匿名ユーザー

- view
管理者のみ編集可

5(Epi.神風雛-III)

不安で眠れない…。

私は真っ暗闇の中で、そっと体を起こした。
拓馬さんはどうしているだろう。元気だろうか。
もう、彼が行ってしまって三日経ってしまった。

手紙はいつ来るのか。訓練は厳しくないだろうか。
そんなことが気になって、なんども布団の中で寝返りをうつ。

「水、飲んでこよう」

このまま暗い中にじっとしていると不安に包み込まれてしまいそうで、私は掛け布団を剥いだ。

戦争が始まってからは電気はつけられなくなった。敵に見つかると困るからだ。
けれど、すでに暗闇になれた目は凝らさずともよく見えた。
歩きなれた廊下をヒタヒタと歩く。古いこの家はそれでもギシギシと軋む音が鳴っていた。

井戸は底なしのように暗い。そこからキイキイと縄を引っ張り上げ、水を汲む。
この水はもし空襲があって火が起きたときにも使えるように、いつでも水がたくさん張ってある。
お父さんは消火が間に合わず死んでしまったけれど、空襲があったのは後にも先にもあの時1回きりだった。
そのせいか、時間がたつにつれ近所も緊張感が薄くなる。
もしものときのための避難用具を携帯し忘れる人もいた。

(時間が忘れさせてくれるなんて誰が言ったんだろう)

それで全てが片付いてしまうのなら、戦争なんていらなかっただろう。
お互いの国の傷跡は、今なお開き続けており、なおかつえぐりあいを繰り返す。
えぐった刃物はそこにいる人たちを無残に殺し、何事もなかったかのように去っていく。

『進藤拓馬、お国のため、言ってまいります!』

思い出すとまた、涙があふれた。汲んだばかりの水にぽたぽたと雫が垂れて、水ハネが手に当たる。
このままじゃいけないと思いつつ、私は顔を洗った。

きっとまだ、生きてるよね。






「雛ーっ」

…あれ?眩しい。確か夜だったはずなのに。
そう考えてから、私はようやく今が朝だということに考えが至った。
昨日の夜の記憶がないけれど、自分の布団にいるということは、無意識のうちに自室に戻って寝てしまったんだろう。

「雛ーっ?」

お母さんの声で起こされたのか。
なかなか返事をしない私に疑問を持ってる。急いで降りなきゃ。

「はぁーいっ!」

私はすぐに返事をして、上着を羽織って居間へ向かった。
廊下は昨日の夜と同じく、ギシギシと音を立てながら私を誘う。
付いて来るような音にいつもなら覚えない煩わしさを抱いた。
不安のせいだろうか。

「何?」

物資が足りなくて蝋も塗られてない引き戸。
ごとごとぎしぎしと派手な音を立ててそれをあけた。
当然、音が大きいので中の人はすぐに気づく。

「手紙。あんたに。拓馬くんから」
「…えっ」

拓馬さんから手紙…?嘘。それにしたってすごく早い。
まさかこんなに早く着くとは思わなかった。汽車の中で書いたのだろうか?
だけど嬉しくて嬉しくて。
私はお母さんから手紙を受け取ると、さっそく封を開けて読み始めた。
自然と笑みが零れる。

『雛へ。

今、汽車の中です。これを読んでる頃には、三日四日は経ったかな。
俺が行ってしまって寂しくないですか?早く帰って笑顔の雛をまた見たいです。
これがちゃんと届いているかも少し不安です。
ついさっき別れたばかりなのにもう会いたくて仕方ないです。
思っていた以上に、雛の顔が思い浮かんできます。
なんだかなよなよした情けない男にしか見えませんね、今の俺は。

それでは、また手紙を書きます。
お元気で。

進藤拓馬』

読んでいるうちに涙が出てきた。ああもう、こんな顔拓馬さんには見せられないのに。
私も早く顔を見たい。会いたい。
こう返せればどんなにいいか。
けれどまだ基地の住所を知らないようで、私から連絡するすべがなにひとつない。

「早く次の手紙が来るといいねぇ」

そう言ってくれたお母さんの声が暖かくて。
私はしばらく、涙が止まらなかった。

こんな些細なことで泣けるなんて、自分でも不思議で仕方が無かったけれど。
それはやっぱり、愛とかそういうものなんだと思う。
傷つけられて泣くのと、嬉しくて泣くのは、全然別の涙だもの。
拓馬さん、私ってきっと幸せなんだろうね。


記事メニュー
目安箱バナー