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神風3

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3(Epi.進藤拓馬-I)

汽車の中は案外若い人たちがたくさんいた。きっと皆俺と同じ、兵隊になるんだろう。
雛は今頃どうしてるだろうか。汽車に乗ってから五刻は経っているはずだ。

(今のうちに手紙を書いておくか…)

つくまでにはまだまだ時間がかかりそうだし、ついてからすぐに遅れたほうが、雛も嬉しいだろう。
鞄を漁り、筆と紙を取る。

『雛へ…

書き出してから困った。一体何を書けばいいんだろう。
元気だよ。まだ向こうへ着いてもいないのに?
志願した理由。それは最期の最期に言いたい。
本音。そんなことを書いたら、情けない男だと思われるかな。

正直な話。戦争は怖い。自分が死ぬかも知れないなんて考えたくもなかった。
ただ志願したなら帰ってくる可能性は皆無であったし、そのことも皆わかってるんだと思う。
神風特攻隊も…。雛に守られてる、そんなことは気休めでしかなく、自分で突っ込むなんて出来そうになかった。
考えただけで手足が震えるのに?無理だ、とても。

…今、汽車の中です。』

結局、当たり障りのないこと(お前は寂しくないか、など)を中心に手紙を書き終えた。

(父さんと母さんにも書いておこう…)

揺られる車内でうとうとしつつそう思い、鞄の中からもう一枚紙を取り出した。






気がつくと汽車は止まりかけだった。いつの間にか寝ていたらしい。
起きていなかったら怒られただろうか、助かった。
そんなことを思いながら、急いで手荷物をまとめる。
車内にいた若者たちは我先にと汽車を降り、自分もその波に乗った。

「これからトラックだってよー」
「うわー、まだ乗るのか」

そんな会話が耳に入った。寝ていたとはいえ、いや寝ていたからこそ体のあちこちが痛い拓馬もうんざりした。
トラックへ行く途中、古びたポストを見かけ、二通投函する。
「神風雛」宛と「進藤一 広子」宛だ。すとんと小気味良い音が響き、無事に届きますようにと願い事をした。
この時勢だ。配達員が何かに巻き込まれて手紙が紛失することがあるかもしれない。



トラックに揺られて半刻ぐらいたった頃だろうか。思ったよりも速く、基地に着いた。
隊分けがされる。そして、その隊ごとに部屋も分けられる。

「…静岡弘、ハの二班。進藤拓馬、ホの四班…」

ホの四班は20号。平面図で20号を探し、荷物を持って向かう。
道中、どうやら同じ班らしい同い年ぐらいの青年と目が合った。

「お前も四班か?」
「ああ。進藤拓馬だ。よろしく」
「俺は赤井信行!ま、仲良くしようぜ」

明るくて気さくそうな少年だ。髪の毛があちこちピンピンと経っている。
拓馬よりもずっと大荷物で、何が入っているのかと思うほどだった。
一緒に部屋に向かい、ところどころ錆びたドアを開ける。

「うわ…狭…」

隣で信行が言った。まあ当然のことといえる。事実狭いのだ。
六畳の部屋に五人。ということは一人の寝るスペースは単純に計算して一人一畳と少ししかない。

日本にお金がないとは言え、この有様はひどい。戦争に勝っている国とは思えなかった。
狭い部屋の壁はぼろぼろと剥げていて、畳もささくれ立ち座ると痛そうだ。

この部屋に新しく来たのは拓馬と信行の二人らしく、あとには誰も来なかった。
いや、正確には来たのだが、先輩だったのだ。
先輩は堀達夫と名乗り、男ばっかりのむさい部屋だけどまあ、我慢してくれよと笑った。

この日は皆疲れていたこともあり、訓練もなく就寝となった。
夜になりはじめて、信行の鞄が大きかった理由がわかる。

「布団?」
「そ、俺この布団と枕じゃないと寝られなくてさ」
「そうかー、俺も枕持って来れば良かったな」

他愛もない談笑をしつつ、この部屋で良かった、という気持ちが沸いてくる。
信行と友達になれて良かった。短い間だけれども、訓練以外では楽しい思いができそうだ。

火を消しても声を落として少し話していたが、途中から信行が寝てしまい、拓馬も仕方なく寝ることとなった。
寝る前に、汽車の中から見た雛の顔が思い浮かんで、思わず小さく笑顔を作ってしまった。


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