地下妄の手記 梅原淳 ライターと編集者の妄想コラボレーション

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梅原淳 ライターと編集者の妄想コラボレーション


  従来より本wikiで批判してきた秋庭俊氏のそれと同様に、梅原淳氏の著述は、概ね盗用か、虚偽か誤認、誤解、誤用から生じる妄想から成り立っていると申し上げざるを得ません。

  秋庭氏が鳴りを潜められている(そう言えば三津田信三編「江戸・東京 歴史ミステリーを歩く」PHP文庫2011年8月刊があったかな)今、御本人は鉄道ジャーナリストと曰っておられるようだが梅原氏と言う秋庭俊的虚妄ノンフィクションライターと、それと知っていて商売のために本を造る、或いは無能ゆえにそのような本造りをする編集・出版事業者について批判する意図で、梅原淳氏の著述を通じて彼と編集者・出版事業者の妄動を挙げていくことにします。
 盗用はさておくとして、虚偽、誤認、誤解、誤用からなる妄想について、氏の最新作「鉄道の未来学」(角川oneテーマ21角川書店20119月刊)から引いてみたい。

  なお、上記の様な有様なので同書を引くということは、盗用はさておき、虚偽か誤認、誤解、誤用からなる部分を引くと言うことになりますゆえ、ほとんどを引用せざるを得ない仕儀となりおおせるでしょう。これをもって無断複写と梅原氏と角川書店が仰られるなら、何時なりとご対応になられればよろしいので、どうぞ。


  さて、梅原氏は本来スカスカのご自身の知見に無駄な装飾を凝らして記事を膨らませる、所謂ペラ稼ぎをされるので、批判をするこちらが、何がおかしいのかを説明するために引用する文も前後のつながり方を含めて、長くなります。

よって彼の典型的な手口を理解していただくために、まずは短かめの文で肩慣らし。「鉄道の未来
学」では中盤の記事になりますが第二章「大都市の鉄道の未来」から複々線に掛かる御託宣のお粗末を一席。

    
       (「鉄道の未来学」梅原淳著角川書店2011年9月刊119頁、126~127頁抜粋 120~125頁略後述)



 
    鉄道の利用客にとって通勤ラッシュの解消には複々線化が効果的だ。ところが、プロロ
    ーグの第二項でも触れたとおり、今日複々線を建設中の鉄道会社は西武鉄道と小田急電鉄

    だけ。もちろん、表22のとおり、大都市圏、特に首都交通圏では混雑の激しい路線や
    区間での複々線化が進み、すでに充足されているとも考えられる。とはいえ、先述したJ
    R東日本中央線三鷹-立川間のように複々線化が見送られる区間もあり、全体的には縮小
    傾向にあると言ってよい。

  秋庭さんが嘘を吐く時によく使われたのが、「…という。」でしたが、梅原氏がいい加減なことを仰る時に多用されるのが、「…言ってよい。」です。上記の6行にしろ、以下の文にしろ、実は、「全体に縮小傾向にある…。」と言うことの説明になっていません。「縮小傾向」とは何かに比較して小さくなっていく模様のことを言うのだと思いますが、比較されるものは何なのでしょうか?
   「
今日複々線を建設中の鉄道会社は西武鉄道と小田急電鉄だけ。」で「先述したJR東日本中央線三鷹-立川間のように複々線化が見送られる区間」云々ということなら、「全体に縮小傾向にある…。」ではなくて、「今後の建設は見込まれていない」と言うことではないのではありますまいか?

 
    JR東日本が中央線の複々線化を見送った背景は今後、利用者の増加が見込めず、複々
    線のような過大な設備をつくってしまうと、後々困ると考えているからだ。

  「JR東日本が中央線の複々線化を見送った背景は」これも不思議な文章です。複々線化は「通勤ラッシュの解消」なので利用者の増加を見込むのでは本末転倒でしょう。少子高齢化で利用者が減少するからだとしても、東京圏一極集中の中で三鷹―立川間の利用者が大幅に減少するとの知見があるのでしょうか?JR東日本が複々線化に「消極的」な理由は「
複々線のような設備」が過大なのではなく、3000億円とも、3500億円とも言われている、建設費を現状ではJR東日本一社が負わなければならないからではないのでしょうか?
  また、「JR東日本が中央線の複々線化を見送った」と言うのは正しいのでしょうか?計画があり、調査に予算がついていたとか「複々線化」が具体的な話になっていたのでしょうか?三鷹―立川間の複々線化は国鉄時代に高架線での建設計画があり、用地取得などの手当ても進んでいたが、実質的に財政破綻していた国鉄には建設費が負担できずで、実現しなかったのではなかったか?今回の三鷹―立川間高架化も道路上に敷設あるいは、道路整備の一環を根拠として、道路特定財源によってなされ、複々線用地として確保していた、高架の両側地上部分を道路化することによって実現したのではなかったか?すなわち上記の様な「JR東日本が中央線の複々線化を見送った背景は今後、利用者の増加が見込めず、複々線のような過大な設備をつくってしまうと、後々困ると考えているからだ。」は事実なのかは疑問です。

     そしてもう一
つ、そもそも複線でもよほどの混雑でなければ対処できるからという理由を挙げ
    ておきた
い。
     京阪電気鉄道は京阪本線天満橋-萱島閤の115キロメートルを複々線としている。同
    線で最も混雑する野江駅から京橋駅までの間を見ると、2007年度にはラッシュ時のl
 
   時間に40本の列車が運転され、平均連結両数は73両であったという。45016
    の利用者数に対し、輸送力は35692人で、混雑率は126パーセントである。
     いっぼう、JR東日本中央線の快速電車は中野駅から新宿駅までの間が最も混む。1
    間に30本が運転され、平均連結両数は10両。利用者数は87300人、輸送力は44
    000人で混雑率は198パーセントであった。仮に、中央線の快速電車の輸送力はその
    ままで利用客数が京阪本線並みに下がった場合、混雑率は102パーセントまで落ちる。
    空いているとは言えないが、余裕をもって乗車できることは確かだ。

  まず、奇妙なのは京阪の「利用者数」が
45016人、「輸送力」が35692人と人単位一位まで仔細に記されているのに、中央線快速の「利用者数」は87300人、「輸送力」は44000と人単位百位と大雑把な数字になっていることでしょう。
  梅原氏は何の説明もされていませんが、、本来は輸送人員÷輸送力で算出される混雑率の検証方法は、基本的には実車の目視による概算での確認によっています。該当線区の駅で調査員が車両単位で、あるいは編成単位で、混み具合を実際に見て記録します。目分量ですから、単位としての見方は、10から20パーセント刻みで、一車両を見た結果では、198パーセントなどという端数のついた数字にはなりません、例えば中央線は梅原氏記事のとおり、10両編成ですので混雑率が、1号車250パーセント、2号車220パーセント、以下200、180、150、200、220、170、180、210パーセントとすると、この編成の平均混雑率は単純計算では198パーセントと一編成で見ると丸まらない数字になります。つまり元となる数字は10位単位の数字という大雑把なものが、編成車両数や、運転本数によって、妙に精緻な一位まで算出された数字になると言う事です(正確には下記のような計算方法による)。
  一方で、この混雑率の計算の要素である、「輸送力」ですが、これは各鉄道会社が自社車両について定めた定員になります。一般に京阪や中央線の様な通勤・通学路線では、座席着席人数と立って吊革、テンションポール等の支え具に掴まる等する人数を合わせたものとか、床面積を一人当たりの占有面積で割った人数とかが定員と言う事になります。「輸送人員」が定員の場合混雑率は100パーセントになりますね。また、車両それぞれの定員が明らかですから、「輸送力」は正確な数字が見積もれます。中央線快速は、従来は201系電車で現在はE233系電車で統一されていて、E233系10両の編成定員はwikipediaによれば、1,582人とのことなので、朝ラッシュ所定時30本ならば、「輸送力」は47,460人。201系で1,480人とのことなので「輸送力」は44,400人、400人ほど多いがこれが梅原氏の「輸送力」に近い。しかし、京阪の場合は編成あたりの運用両数が、8連、7連、5連でしかも車両形式も7形式ぐらいありますから「輸送力」の割り出しからして相当手の掛かる作業になります。しかも鉄道会社毎に車両の定員の算出方法も異なるようですので「輸送力」ですら、精緻な数字としての対比はあまり適当なものではありません。
  さて「輸送人員」はどうやって数えるのでしょうか?最近は、自車の重量の変化をセンサーで感知し概算値で報告する車両とか、線路に歪み計を取り付け通過する列車の重量で「輸送人員」を割り出そうとするなどの試みはあるようですが、所定区間の通過人員ですから正確に数えることは難しい。流動交通量調査の様な改札入場時にタグを渡し出場時に回収する方法では通過人員としての把握はできない。結局「輸送人員」は「輸送力」×混雑率(乗車率)、それも車両単位で定員と混雑率が異なりますから、厳密に行うと、一両ごとの「輸送力」×一両ごとの混雑率で算出される「輸送人員」の総和となります。
  すなわち梅原氏の言うような、「混雑率は102パーセントまで落ちる」などという変に微細な数字の立て方そのものが、極めて奇妙なことだと思われます。
  更に奇妙なことは、梅原氏自身が「鉄道の未来学」120頁~125頁までに掲げておられる「表2-2三大都市圏の複々線以上の路線」と言う表に拠れば、


  中央線新宿―中野間は京阪本線天満橋―野江間と同様の複々線だと言うことなのに、何故複々線としての比較をしないのでしょうか?京阪本線野江―天満橋間は総武・中央線中野―新宿間が中央急行線と総武緩行線に分かれているのと同様に、緩行線と急行線に分かれています。中央線快速いわゆる中央急行線と京阪本線を比較するならば、京阪も急行線での混雑状況で比較するべきでしょう。恣意的なのか、天然で理解できていないのか、いづれにしても「学」とは懸離れた記述と言わざるを得ません。
  しかし上記の最大の問題点は、「そもそも複線でもよほどの混雑でなければ対処できるからという理由を挙げておきたい。」と言うことの「理由」付けになっていないことでしょう。混雑率を京阪の「輸送人員」で換算しても、実際として中央線快速の混雑率198パーセントは減りはしません。20メートル大型車、10両長大編成でもこの混雑率を解消できていない、一方で、実際の中央線中野―新宿間は複々線であり、都心部へのアプローチとしては、中野からは地下鉄東西線も含め実態は3複線だと言うことを隠して「そもそも複線でもよほどの混雑でなければ対処できるからという理由を挙げておきたい。」とは、この「理由」はもはや妄想以外のなにものでもありますまい。
  駄目を押しておきますが、三鷹―立川間の複々線化は三鷹―立川間の混雑の解消の話であって、結果として影響がでるかもしれませんが、中野―新宿間の混雑率の話ではありません。

   梅原氏が「
そもそも複線でもよほどの混雑でなければ対処できるからという理由を挙げておきたい。」とする以下の「理由」も妄想としか申し上げようがありません。

    JR各社が所有している電車は大型で輸送力が大きいので、京阪電気鉄道が複々線を建
   設しなくても済むくらいの能力をもっている。ここで補足しておきたいのは京阪電気鉄道
   は決して過大な設備を建設したのではないという点だ。

JR各社」?はて、JR東日本中央線の話ではなかったのでしょうか?
 「JR各社が所有している電車は大型で輸送力が大きいので」、一両当りを見れば、かたやJRは20メートル級車此方京阪は19メートル級車でそのとおりかも知れません、しかし、前記のとおり編成や本数、運用線区を見ずで「京阪電気鉄道が複々線を建設しなくても済むくらいの能力をもっている。」と言えるのでしょうか?首都圏JRについては中央・総武線なら三鷹―御茶ノ水間は急行線と緩行線の複々線、山手線と京浜東北線も実態は複々線、山手線と埼京線(山手貨物線)しかり、総武線も快速線と緩行線、常磐線も複々線、編成にあっても10両、11両と言う長大編成にして、それでも混雑率が各々朝ラッシュで200パーセント前後、輸送力の大小が「そもそも複線でもよほどの混雑でなければ対処できるからという理由の何の説明にもなっていません。

    ところで、関西圏について言えば東海道・山陽線の京都―西明石間が急行線と緩行線の複々線になっていますが、面白いのは以下の珍説とも係わるのですが、緩行線普通電車は終日7両編成での運転と言うことがあります。
   京阪電鉄の複々線化は上記の「表2-2三大都市圏の複々線以上の路線」表にあるように、野江―守口市間を1933年に複々線化したことに始まります。正 確には京橋と野江の間にある蒲生信号所から守口市の一駅手前にある土居間を高架複々線、土居―守口市間を複々線化しています。当時は小型車2両から3両編 成ですから、編成長とは関係なく本数での輸送力増強が企図されています。1970(昭和45)年には天満橋―野江(蒲生信号所)間を高架複々線化、上表で は、門真市―萱島間が1982(昭和57)年3月に複々線開通と書かれていますが、この区間の複々線開業は1980(昭和55)年3月です。複々線区間の うち地上線で残っていた、土居―守口市間が高架化されたのが1982(昭和57)年3月複々線「高架化」完成開業。すなわち京阪の複々線化は、以下の 1500ボルト昇圧とは無関係な輸送力の増強です。

    京阪本線は1983(昭和58)年123日まで架線の電圧が600ボルトと、他社の1
   500ボルトよりも低く、変電所の容量の関係で1列車当たりの連結両数を増やすことが
   難しかった。電車が消費する電力(ワット) とは、電流(アンペア) と電圧(ボルト) と
   の積であるから、連結両数を増やす=電力を増やすには電流か電圧を増加させる必要があ
   る。当時の京阪電気鉄道は京都市内で京都市電と平面で交差していたので、電圧を市電に
   合わせた600ボルトに抑えられていた。したがって、電流が増えることとなる。


  「
架線の電圧が600ボルトと、他社の1500ボルトよりも低く、変電所の容量の関係で1列車当たりの連結両数を増やすことが難しかった。」
  「変電所の容量の関係」ってなんでしょうか?何の容量なんでしょうか?電圧は600ボルトと定圧ですから電流の容量でしょうか?
  電車の連結量数を増やす、600ボルトでは7両が限界?とのことですが、京阪社史か?冷蔵庫氏の著書の受け売りですか?
  「連結両数を増やす=電力を増やすには電流か電圧を増加させる必要がある。」いくら直流とは言え、随分と乱暴かつ好い加減な説明ではないでしょうか?
   中学校レベルの物理なり、技術家庭なりで私達は、オームの法則と言うものを習ったかと思います。梅原氏も別の御著書で、交流に適用されると言う大胆なこ とをなさっておられましたのでよくご存知のこととは思われるのですが、そのオームの法則は梅原氏流に書けば、「電圧(E)とは電流(I)と抵抗(R)との 積であるから、電流を増やすには電圧を増加させる必要がある。」と言っています。まぁ、単位で表現したら梅原氏的に分かり易かったという事だったのでしょ うが「電力(ワット)」、「電流(アンペア)」、「電圧(ボルト)」なんて書く段階で、もうどうしようもないのですが。
  オームの法則と言うのは乱暴に言えば、そのものが直流回路を表す式ですので、電車の編成両数の変化は、

      電圧(600V)=電流×7両編成分の抵抗
 が
      電圧(600V)=電流×8両編成分の抵抗

 となると、8両分の抵抗の方が大きいとして電圧が600ボルトだと、電流も減らざるを得なくなります。これも乱暴な言い方ですが電流値は、電圧と抵抗で決まると言うことでしょ。したがって、「連結両数を増やす=電力を増やす」のに電流を増加させると電圧も増加してしまいますよ。梅原氏中学の物理が理解できていない?というか、角川の編集者この本のゲラ読んでないんでしょうか?読んでたらおかしいと気付く筈ですよね、それとも中学校の物理で習わなかったんでしょうか、ゆとり教育とかで?

    実は電流が増加すると、パンタグラフが架線から離れたときに発生する火花も大きくな
   って屋根を焦がしたりする危険性が高まってしまう。このため、京阪電気鉄道は7両編成
   までに抑えていた。この対策として、列車の連結両数を増やすのではなく、本数を増やす
   ことを考え、複々線が誕生したのである。

「…
電流が増加すると、パンタグラフが架線から離れたときに発生する火花も大きくなって…」電流の増加によって離線時の火花が大きくなるのでしょうか?ましてやそれが、「…屋根を焦がしたりする…」ほどの危険があるとは、何を根拠に言われているのでしょうか?電気溶接か何かを見て妄想されているのかしらん?鉄の上に不燃強化塗装が施された屋根を焦がすほどの火花と言うと、持続的に相当な熱量を持った一定の質量を有する物質がなければなりませんが、増加した電流にはそんなものを生み出すほどのエネルギーがあるのでしょうか?すごいエネルギーですが。
  何がいけないって、梅原氏は「京阪の複々線は、『実は電流が増加すると、パンタグラフが架線から離れたときに発生する火花も大きくなって屋根を焦がしたりする危険性が高まってしまう。』よって昇圧できない対策として、列車の本数を増やすために造った」と言ってます。京阪電鉄の歴史を捏造されているのではないでしょうか?京阪の歴史の中で種々の決定や、実務を行ってきた経営者、技術者、職員達が「『実は電流が増加すると、パンタグラフが架線から離れたときに発生する火花も大きくなって屋根を焦がしたりする危険性が高まってしまう。』よって昇圧できない対策として、列車の本数を増やすために造った」と言ってます。京阪の経営者、技術者、職員達は梅原氏並に、角川の編集者諸氏並に中学校の物理が理解できていなかったと言っているんですよね、梅原氏は。

   京阪電気鉄道のような例はいまでは存在しないから、このような理由での複々線が建設
   される可能性は皆無だと言える。まだ完成していない区間はともかくとして、複々線は20
   世紀の遺物となる日も近いだろう。

  「
京阪電気鉄道のような例はいまでは存在しないから、このような理由での複々線が建設される可能性は皆無だと言える。」梅原氏の妄想の中にしか存在しない理由ですから、まぁ、「このような理由での複々線が建設される可能性は皆無」でしょうね。
  「
まだ完成していない区間はともかくとして、複々線は20世紀の遺物となる日も近いだろう。」何かおかしい日本語ですよね?「重厚長大な複々線の建設の様な混雑緩和策は、少子高齢化で鉄道の利用者が減る今日では20世紀の遺物のようなものだから」とおっしゃりたかったのかもしれませんが、例えば、三鷹―御茶ノ水間の中央線複々線区間、代々木上原―登戸間の小田急線複々線間が21世紀の今日機能していないと、言うなら20世紀の遺物かも知れませんけれど、一応梅原氏の「表2-2三大都市圏の複々線以上の路線」にある複々線は21世紀の今日現在総て混雑緩和に貢献していると思うのですが、近日中に「遺物」になるんでしょうか?
  梅原氏のおかしな日本語は、ここ以外にも散見されます。角川書店の編集者各位は原稿をちゃんと読んでたんでしょうか?それとも同程度の日本語力なんでしょうか?