地下妄の手記 嘘は百万遍吐いても嘘

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嘘は百万遍吐いても嘘



 ある宗教屋さんが仰ったそうです。
 「嘘も百万遍吐くと本当になる。」
と。秋庭俊氏の場合は? ホントウになることが有るんでしょうか?

   「写真と地図で読む!帝都東京地下の秘密」
    78頁

   地下1階のフロアが
   ムダに広いもう1つの理由

    東京駅の丸の内南側地下-階フロアは本当にムダに広い。地下鉄丸ノ内線
   東京駅と東京地下駅が重なる部分だけなら、ここまで広くなることはなかったの
   ではないか。 近年は丸ビルの改築に合わせて、その連絡通路が拡張された
   こともあって、ますます広がっている。
    だが以前は、この地下一階フロアは歩行用の通路というよりは、かつて線路
   が敷かれていたかのように、丸ノ内線と同じような力-ブを描いて、突然、行き
   止まりになっていた。 その先どこにも行けないにもかかわらず、しかも地上に
   出ることもできないにもかかわらず、地下通路が力ーブしていたのである。
    左ページのいちばん上に、1956(昭和31)年に竣工した当時の丸ノ内線東
   京駅の平面図がある。 ほぼ中央にある濃いオレンジの部分が地下2階にある
   ホームにあたり、周囲のやや薄いオレンジが地下一階にあるフロア部分と連絡
   通路になる。
    こうして見ると、図の右側、有楽町寄りの部分がカーブしている。 このカーブ
   こそが、地下1階を広げる、もう一つの理由だったのではないだろうか。

 と曰われ、
 79頁に「建設時の丸ノ内線東京駅平面図。(『東京地下鉄道丸ノ内線建設史』より)」
として、盗用した原図に勝手に赤アミを掛けた、以下のような図を提示しておられます。



 実は、秋庭氏が例示したこの図、

    ・・・この地下一階フロアは歩行用の通路というよりは、かつて線路
   が敷かれていたかのように、丸ノ内線と同じような力-ブを描いて、突然、行き
   止まりになっていた。 その先どこにも行けないにもかかわらず、しかも地上に
   出ることもできないにもかかわらず、地下通路が力ーブしていたのである。

と主張する根拠としている、この図、



 つまり、「建設時の丸ノ内線東京駅平面図。」、即ち「丸ノ内線建設史下巻68頁」の
「図44 東京駅」の上には、



 御覧のとおり「駅の構想」として「その先どこに行けるのか」、「しかも地上に出ること
が出来るよう、既存の地下道に接着するために、秋庭氏の言う『地下通路』、建設史
に言う『中二階』部分が地下鉄隧道の構築上で延長されざるを得ず、その結果カーブ
している」ことが書かれています。書写は以下のとおり。

   東京駅 島式乗降場,最大部幅員12m,総中二階付とした。出入口との関係から更
 に中二階を前後に延長し,国鉄東京駅の乗車口側は旧丸ビル地下道と連絡させ,降車口
 側は国鉄降車口と新丸ビルとの間に地下道を新設してそれに連絡させた。これにより
 新丸ビル内に地下鉄専用の出入口を三菱地所株式会社の協力によって設けることがで
 き,更に大手町方面の客用として国鉄本社側の歩道幅を拡げて出入口を設けた。(図44)

 「建設時の丸ノ内線東京駅平面図。」を盗用しておきながら、その図の上に書かれたこれ
を読み落とせよう筈もないのですから、「地下1階のフロアがムダに広いもう1つの理由」
なぞ存在せず、「理由」なるものは秋庭氏の捏造と言わざるを得ない。
 まぁ、“雲国際ジャーナリスト 秋庭 俊氏”が「長い間、あたためていた企画」(秋庭氏
オフィシャルサイトより)なんてぇものの実態は、この程度のもんです。