地下妄の手記 赤本屋が遣って来た pulp publishing are coming

赤本屋が遣って来た pulp publishing are coming


  その二冊には違いがある

  二十世紀屈指の建築家、ル・コルビュジエは、この時期のフランスに現れた。一九二二年、コルビュジエの名を世界に広く知らしめたのは、都市計画のプラン『輝くパリ』という作品である。・・・・・・「帝都東京・隠された地下網の秘密[2]」洋泉社2004年1月刊単行本139頁末5行分から140頁1行目まで。

  二十世紀屈指の建築家、ル・コルビュジエは、この時期のフランスに現れた。一九二二年、コルビュジエの名を世界に広く知らしめたのは、都市計画のプラン『現代都市』と、それにつづく『輝く都市』という作品である。・・・・・・「帝都東京・隠された地下網の秘密[2]」新潮社平成18年6月1日刊新潮文庫159頁末4行分から160頁1行目まで。

  単行本と文庫本が喰い違う、まぁ、誤りを訂正や修正したら起こることでしょう?もちろん間違った記述を買わされた人は叶わんでしょうが。でも、これは単なる訂正や修正ではなかったのです。書き変わった部分を並べて見ましょう。

都市計画のプラン『輝くパリ』という作品である。・・・・・・洋泉社2004年1月刊厳密には2003年12月実売開始

都市計画のプラン『現代都市』と、それにつづく『輝く都市』という作品である。・・・・・・新潮社平成18年6月正確には2006年5月の実売開始

  『輝くパリ』が『輝く都市』に訂正された顛末はこことか、mori-chi さんのブログとかをご覧いただければと思いますが、今回確認したいのは、何故、──現代都市』と、それにつづく──と言う言葉が入ったか、と言うことです、ここにまさに、新潮社編集と秋庭さんの「盗用」の共同謀議の証拠が存在するからなのです。

  まず、これを見てください、



  洋泉社版の138頁と139頁にまたがる、図版の左半分139頁の部分です。下の引用元提示風の記述には ── 輝くパリ ル・コルビュジエによるスケッチ (『ル・コルビュジエ全作品集』第1巻より) ── とありますね。

  次に、これを見てください、



  新潮文庫158頁と159頁にまたがる、図版の左半分159頁の部分です。同様に上の引用元提示風の記述には ── 現代都市 ル・コルビュジエのスケッチ (『ル・コルビュジエ全作品集』より) ── とあります。

  変ですねぇ。同じ図版の一方が、『輝くパリ』、もう一方が『現代都市』。『輝くパリ』が『輝く都市』に訂正された顛末から言えば、ここは、『現代都市』じゃなくて『輝く都市』と書かれるべきじゃないのかと思われるんですが、何で『現代都市』なんでしょう?

  実は、この図版の元ネタ「ル・コルビュジエ全作品集 第1巻 ウィリ・ボジガ-,オスカル・ストノロフ/編 吉阪隆正/訳 A.D.A.EDITA Tokyo 1979.1刊」ではこの図版はこうなってます。



  図の上に“1922 UNE VILLE CONTEMPORAINE”とあります、この全作品集第1巻の26頁には“UNE VILLE CONTEMPORAINE”の下に、「現代都市」と書いてありますのでこの全作品集28頁のこの図は「現代都市」なんでしょう。
  でも、秋庭さんは、単行本なら140頁、新潮文庫ならば160頁で、ル・コルビュジエの都市計画を単行本では『輝くパリ』、新潮文庫では『輝く都市』と言う作品であると主張されています。すると、この『現代都市』“1922 UNE VILLE CONTEMPORAINE”の図は何なんでしょう?
  はい、これは、『輝くパリ』と言う秋庭妄想虚偽作品の図でも、日本では翻訳されていない‘真正『輝く都市』’とやらの図版でもありません、1922年11月パリのアルサロ道頓堀じゃなかった、サロン・ドートンヌに展示された“PLAN DE LA VILLE DE 3 MILLIONS D’HABITANTS 1922”、一般に「300万人の都市の計画案」で構想された図です。
  つまり、『輝くパリ』とやら、『輝く都市』とやらの虚言とは何の関係も無い図です。なお、「ル・コルビュジエ全作品集 第1巻」では、この図は、26頁のル・コルビュジエ自身のこの展示についての報告文の後、“PLAN DE LA VILLE DE 3 MILLIONS D’HABITANTS 1922”「300万人の都市の計画案」の説明の前の頁にあり、図自体がこの展示で掲出されたかどうかについては確認できません。そう言うものです。
  なお、26頁のル・コルビュジエの報告には秋庭さんの

  「これを見たパリ市民は初め一様に言葉を失い、その後、ある種の茫然自失に陥ったといわれている。

  の元となったル・コルビュジエ自身の

  「人々は唖然としてこれを迎え,驚きはやがて怒りか又は熱狂を導いた.

  と言う言葉があります。
  これを、「一様に言葉を失い、その後、ある種の茫然自失に陥った(といわれている。)」なんて、第三者評価見たいな書き方が出来ちゃうのが秋庭クォリティー。
  そして全作品集30頁「300万人の都市の計画案」には秋庭さんの

  「この地下鉄の駅は、B1、B2、B3の三層に分かれている。B1のホームには既存の市内地下鉄、B2には市外までの近郊地下鉄、そしてB3には新幹線地下鉄とでもいうべき路線が計画されていた。

  の元ネタ、がこう記されています。

  そこで中心に中央駅
a)高架広場,20万㎡の飛行場。
  b)中2階,大幹線路(高速専用の高架道,唯一の交叉はロータリーで)。
  c)地上階,地下鉄,郊外線,鉄道幹線および飛行機の出札口およびコンコース。
  d)地下1階,地下鉄の幹支線。
  e)地下2階,郊外鉄道(一方交通で環状に)。
  f)地下3階,大幹線(東西南北へ)。

  別に地下発着だからって、地下2,3階が地下鉄ホームなんてコルビュジエは言っちゃいません。で、これは『輝く都市』とは何にも関係の無い記述です。詳細は後述。

  さて、新潮社の編集者の方にお伺いしたい。この「現代都市」の図版は何なのか?引用なのか?それとも許諾を受けて複製権(版権)を取得したものなのか?
  本文に図版についての具体的な説明も無く、図版も何も本文について説明していない、これが「引用」である訳が無い。これは引用ですか?
  この図版の日本での複製権を保持しているものは誰か?“A.D.A.EDITA Tokyo”はこの「全作品集」本体の著作権については取得しているかもしれませんが、図版のバラ売りの権利は持っていないんじゃないですか?例えば、「どら○もん」の漫画本そのものの出版権を得た中国の出版事業者が、中のキャラクターだからと「○らえもん」を水筒に描いて中国や日本で勝手に売る事は出来ないでしょ。それは、水筒の「ど○えもん」が漫画本とは別に著作権の対象になるからですよね。
  それでは、この『現代都市』の図版の複製許諾を新潮社は誰から得たのでしょうか?
  まさか秋庭さん?
  それじゃー中村克氏から著作権を譲り受けたとする「株式会社サンクチュアリ・パブリッシング」と同じなんじゃないでしょうか?
  「全作品集」の日本における著作権者から?
  それとも?ル・コルビュジエの著作権管理者(日本における代理人?)から?
  どちらも違いますよね、「許諾」の証がどこにもありませんもの。

  実は、秋庭さんが言う、

   この作品の中心となったのは、凱旋門でもなければ、エッフェル塔でもなかった。
  地上二階、地下三階のコンクリートの建物、地下鉄の駅がその中心にあった。これを
  見たパリ市民は初め一様に言葉を失い、その後、ある種の茫然自失に陥ったといわれ
  ている。
   この地下鉄の駅は、B1、B2、B3の三層に分かれている。B1のホームには既
  存の市内地下鉄、B2には市外までの近郊地下鉄、そしてB3には新幹線地下鉄とで
  もいうべき路線が計画されていた。

  の図が、「ル・コルビュジエ全作品集第1巻」の99頁にあります。

 

   <PLAN VOISIN> DE PARIS 1925 パリの<ヴォワザン計画>,1925年
  地下の様子こそ描かれていませんが、「4基の摩天楼に側面を囲まれた中央駅を見る,・・・」と解説にあります。これは、

  そこで中心に中央駅
a)高架広場,20万㎡の飛行場。
  b)中2階,大幹線路(高速専用の高架道,唯一の交叉はロータリーで)。

  まさにこの様子が描かれています。

  あの、「現代都市」とか「輝くパリ」の図はどう見ても、「中央駅」と言うより、「ブルーバール boulevard」ですね。秋庭さんの記述とあの「現代都市」とか「輝くパリ」の図がまるで無関係な図で、引用に当らないのがよく理解できるでしょ。こっちの図のが、「地上二階、地下三階のコンクリートの建物、地下鉄の駅がその中心にあった。」を正確に表わしていると思いませんか?
  ところで、何で秋庭さんこの99頁の図を持って来なかったのか。それは1925年(大正14年)発表では以降の話と平仄が合わなくなるからです。
  空襲だ防空だと言う「奇怪」な根拠で無理矢理関係をでっち上げた、中村順平氏の「東京の都市計画を如何にすべき乎」は1924年(大正13年)中村氏フランスから帰朝後に製作され、各界にばら撒かれました。秋庭さんによるとコルビュジエの「輝く都市」だか「輝くパリ」だかに触発されて中村氏(わぁ、エラいコッチャこの中村さんはあの中村さんじゃありませんので)は「東京の都市計画を如何にすべき乎」で「東京の地下妄を」地上に擬えて計画したことになっています。そのコルビュジエの地下構想の具体的な図が、中村氏帰朝後の1925年に出て来ちゃ困りますよね。
  ただ、それだと「輝く都市」そのものが、いつの話よと言えば、コルビュジエ自身がこう書いているのですが、

  〈前略〉1930年と31年に,雑誌『プラン』にこの題目を再びとりあげ,
  経済的,社会的,政治的に検討を展開したのだった。『プラン』
  の中で私は10章を費やして<輝く都市>を説明した。

  「ル・コルビュジエ全作品集 第2巻 1929-1934」(ウィリ・ボジガ-編 吉阪隆正/訳 A.D.A.EDITA Tokyo 1978.10刊)1934年7月の序文

  つまり、<輝く都市>1930年(昭和5年)1931年(昭和6年)雑誌「プラン」が初出だと、コルビュジエが言っているんです。

  と言うことは、秋庭さんの「帝都東京・隠された地下妄の秘密[2]新潮文庫での記述は「輝く都市」でもなんでもないものの説明であり、図版も引用でもなければ、許諾を得た複写でもない。コルビュジエ1965年に神の御許へ召されてますから、元の図についての著作権はまだ生きてますよ。
  さて、新潮社の編集の方、あれは何なんですかね?

  念の為申し上げれば、ここに書いたように秋庭さんこの話については、「大東京の地下400年 99の謎」(二見書房2008年10月刊)で以下の様な退行をきたしておられます。

   20世紀屈指の建築家といわれるフランス人、コルビュジェは、1922(大正11)年、
  「現代都市」といわれる都市計画プランの『輝くパリ』という作品を発表して、その名を
  世界に知られることになる。

  図版はこれ

  まぁ、「フランス人、コルビュジエ」には思わず突っ込んじゃいましたが、本当の突っ込みどころは

都市計画のプラン『輝くパリ』という作品である。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・洋泉社2004年1月刊

都市計画のプラン『現代都市』と、それにつづく『輝く都市』という作品である。・・・・・・新潮文庫平成18年6月刊

現代都市」といわれる都市計画プランの『輝くパリ』という作品を発表して、・・・・・・・「大東京の地下400年 99の謎」(二見文庫2008年10月刊)

  なんで、新潮文庫だけが、実際に存在したコルビュジエの作品のタイトル「輝く都市」に、図版の説明が「現代都市」になっているんでしょうか?
  私には「引用」と言い繕うための小細工に思えて仕方が無いんですが。
  秋庭さんの作品が著作権的にどうしようもないのは判っていた。しかし、秋庭さんの本は売れる。文庫で5刷・6刷は堅い。売り上げで5000万・6000万円?粗利で1000万円確実。洋泉社版で著作権者からの物言いがついた様子は無い。なら行くでしょ。社内で数字が欲しい立場なら。違いますか?
  上手の手からの水漏れ?「帝都東京・隠された地下網の秘密新潮文庫平成18年2月刊のこれも「引用」じゃないですよね。無断複写じゃないですか?

  大手の出版社と自負される方々は、「著作権については慎重に取り扱っている。サンクチュアリ社や中村克氏の様な盗用はしない」と言うことで、例えば、「電車男」の例などを挙げられる。ようだ。
あれは2004年の刊行時にあれだけの配慮を重ねたということですが、上記の通り2006年に新潮社はこの為体です。
  ここにエピソードとして挙げた、某ミステリー作家氏の著作における講談社の中村順平氏図版の盗用は2005年12月のことでした。秋庭さんの二見本や、イースト・プレスの漫画本での盗用はこの1年ほどのことです。

  赤本屋はどこにでも居る、誰もがなりうる。無知と、無責任と、功名心が支配する状況がある限り。編集権の独立であるとか、言論出版の自由であるとかに感けて、あるいは経営者の責任の放棄によって、無知と、無責任と、或いは功名心がある者に放埓が許され続ける限りは。

  「匿名ネット族」以外の方の、本記事の複写、参照、これを根拠にしての「新潮社」批判は固くお断りいたします。(平成21年5月25日陸壱玖敬白)