地下妄の手記 二見泥棒出版社のシナジー

今度は二見書房が仲間入り



自著すらも改竄する秋庭センセの呆れた行状
「大東京の地下(妄)99の謎」の謎
まずは、

    「大東京の地下99の謎」(二見書房2006年刊)15~16頁

   2」 皇居地下の巨大駐車場、いったい誰が使うのか?


     皇居あるいは皇居周辺で、一般の人が立ち入れる場所は限られている。皇居の北側に位
   置する北の丸公園、皇居の東側に位置し、江戸時代に諸大名の屋敷がおかれていた皇居外
   苑、そして、江戸城ゆかりの名跡や庭園が有料で鑑賞できる皇居東御苑ぐらいだ。
     しかし、天皇誕生日や新年に行なわれる一般参賀では、特別に、宮殿前広場(宮殿東庭)
   まで足を踏み入れることができる。このとき、天皇陛下をはじめ、皇族の方々がお立ちに
   なるのは、正殿、豊明殿、連翠など全部で7棟ある宮殿のうち、「長和殿」と呼ばれる建
   物である。
     一般参賀客が立つ宮殿東庭の敷地面積は1万5000平方メートルあり、約2万人が入
   れるが、実は、この東庭の地下は、大型乗用車が120台も収容できる巨大駐車場になっ
   ている。もちろん、この駐車場を利用した一般参賀客はいない。閣僚や各界の著名人、外
   国大使などが招かれるときにも、この駐車場を使ったという話は聞いたことがない。誰が
   どのようなときに、どのような車を駐めるのか。
    1台の車もない、だだっ広い駐車場を想像するに、謎は深まるばかりである。

    「帝都東京・地下の謎86」(洋泉社2005年刊)68頁

    24◆一般参賀の国民の足下には巨大な地下駐車場がある 表御座所前広場/皇居


     一般参賀が行われる広場は、一万五千平米。普通の野球場よりひとまわり大きい。この広場の
   下には、大型専用の地下駐車場がある。地下駐車場の場合、大型専用というのは、天井が高いと
   いうことである。
     地下は一般に天井が低い。手が届くようなところも少なくない。天井を高くしようと地下深く
   まで掘れば、建設費も維持費もかさむことになる。地下は二十四時間、照明を必要とする。ポン
   プで水を押し上げないと排水できない。冷暖房ばかりか換気にも金がかかり、発電の設備も義務
   づけられている。
     地下はつまり地上よりも単価が高い。駐車場などにしておくのは、本来は、もったいない。地
   下は簡単に光を遮断することができる。地上の雑音も聞こえてこない。夏も冬もそれほど温度が
   変わらない。ホテル、映画館、博物館などが地下へもぐり、駐車場が地上に追いだされる時代が
   きている。
     一般参賀の国民は、普通は、皇居に歩いて入る。地下駐車場から出てきたという話はほとんど
   聞かない。閣僚や政治家、各界の著名人や大使は、大型バスに乗ってくるとも思えない。そうす
   ると、
     「大型バスが一度に百台来ても大丈夫」
     といわれる地下駐車場は、いったい誰が使っているのだろう。なぜ、そんな巨大な地下駐車場
   をつくったのだろうか。

 「大東京の地下99の謎」の文章は、「帝都東京・地下の謎86」の文章の訂正なんでしょうか?
 いつもどおり、自著の改竄なんですかね?それとも複数の見解を夫々で披瀝されておられるのか?
 何を以って、異なる見解を挙げておられるのか?例によって何等のお断りもありませんが。
 すっごい桜井淳してません?

  念の為「86の謎」についての愚生の2ちゃんカキコを載せておきます。これをもって秋庭先生の「桜井淳行為」の証座とさせていただきます。

  > 476 619 ◆METROwYLVU 05/02/20 15:44:48 ID:nkLBI9E7O
  >「24◆一般参賀の国民の足下には巨大な地下駐車場がある」
  >
  > さすが元TV局ディレクター崩れ、いかにもなタイトルですね。
  >しかし、入口から出口まで間違えているのは、地下駐車場だから?
  >まず、「表御座所前広場」が存在しません。表御座所棟は宮殿の西側にあります。
  > 「一般参賀が行われる広場は、」宮殿東側の長和殿前。文字通りの「東庭」。
  > 「この広場の下には、大型専用の地下駐車場がある。地下駐車場の場合、大型専用というのは、
  >天井が高いということである。・・・中略・・・一般参賀の国民は、普通は、皇居に歩いて入る。
  > 地下駐車場から出てきたという話はほとんど聞かない(619注:聞いたこと有るんだ?)。
  > 閣僚や政治家、各界の著名人や大使は、大型バスに乗ってくるとも思えない。そうすると、
  > 『大型バスが一度に百台来ても大丈夫』といわれる地下駐車場は、一体誰が使っている
  >のだろう。なぜ、そんな巨大な地下駐車場をつくったのだろうか。」
  >
  > 宮内庁のHP、宮殿の各棟概要には次の様な記述が、
  >「庭 園(中庭,東庭,南庭)東庭は,新年・天皇誕生日の一般参賀の場として使用されます。
  >その地下は,約120台の大型乗用車を収容する駐車場となっています。」
  > つまり、「約120台の」+「大型乗用車」→「大型専用」→「天井が高い」
  >→「大型バス」→「大型バスが一度に百台来ても大丈夫」
  > 「→」以降はすべて、秋庭式仮定法現在完了系。
  > 頭の中で誰かに「といわれる」と、「名所」や「メッカ」の様に、客観的な資料になるらしい。
  > 「駐車場法」がどうしたって?「宮」がどうしたって?ちゃんと調べてから言いなさいね。



 一方従来の盗用と同様な図版の盗用が繰り返されていますが、今回は、盗用も新
たな展開と進化を遂げられております。
 すなわち、他著、主に「読む・知る・愉しむ 東京の地下鉄がわかる事典」(青木栄一
監修 日本実業出版社編 2004年刊)から本文記述そのものを盗んでこられるという
荒業をこなされている事です。
 まぁ、微妙に言い回しや、事項の順番を変えるなどされてはいますが、言い逃れ出
来ますかね。楽しみだなぁ。

 取り敢えず代表例を二つ

     「大東京の地下99の謎」155~158頁

    68」 地下鉄にも「上り線」と「下り線」がある?


     一般的に、鉄道には、すべて、「上り」と「下り」がある。「起点」に向かう列車が上り、
   「起点」から遠ざかり、「終点」に向かう列車が「下り」となる。
     ここでいう「起点」とは、ふつうは「東京駅」を指す。したがって、JRの在来線や新
   幹線などの場合は、「東京行き」あるいは東京方面行きが上り、東京発地方行きが下りで
   ある。
     では、地下鉄ではどのように呼んでいるのだろうか。地下鉄の路線で「東京駅」がある
   のは丸ノ内線のみである。
     といっても、丸ノ内線の路線図を見ればわかるように、東京駅は路線の中ほどに位置し、
   「起点」とはいいがたい。同じ方向に向かう電車が東京駅に到着するまでは「上り」と呼
   ばれ、東京駅を出たとたんに「下り」と呼ばなければならないとすれば、非常にわかりに
   くく、混乱をまねくおそれさえある。
     また、地下鉄の路線の多くは都心を縦横無尽に走っており、どちらの線を東京方面行き
   とするのか、判断しかねる。こうしたことから、地下鉄では「上り」「下り」という表現
   は、なじまないのである。
     そのかわりに、東京メトロでは、「A線」「B線」という言葉を使っている。地下鉄のす
   べての路線には、便宜上、「起点」と「終点」が設けられており、通常、路線の両端の駅
   のどちらかの駅を「起点」とし、反対側の駅を「終点」としている。
     そして、起点から終点に向かう線を「A線」、終点から起点に向かう線を「B線」と呼
   んでいるのである。
     ちなみに、都営地下鉄では、従来、A線、B線という言葉は使わず、おおむね南北に延

       「大東京の地下99の謎」(秋庭俊著 二見文庫 2006年12月25日刊157頁


   びている路線では「南行線」「北行線」を、東西に延びている路線では「東行線」「西行線」
   という呼び方をしてきた。
     前者を採用していたのは、浅草線や三田線、後者の呼び方を採用していたのは新宿線で
   ある。
     しかし、2000(平成12)年に全線が開通した大江戸線については、これらの呼び方
   では対応しきれなくなってしまった。
     大江戸線などは、環状線を含んだ「6」の字をしており、単純に東西南北のどれかで表
   現することには無理がある。
     むしろ、環状部分が路線のメインであることから、JR山手線のような「内回り」「外
   回り」という言い方が馴染むようになってきた。
     ちなみに、「内回り」は、光が丘駅発~都庁前駅~大門駅~両国駅~都庁前駅着のルー
   ト、「外回り」は、都庁前駅発~両国駅~大門駅~都庁前駅~光が丘駅着のルートのこと
   だ。
     大江戸線は総延長が40・7キロメートルあり、全線が地下区間である。地下鉄のトンネ
   ルとしては国内最長という「記録」ももっている。

「読む・知る・愉しむ 東京の地下鉄がわかる事典」
264~265頁

地下鉄に上り、下りはあるの?

 ▼起点→終点が「A線」、終点→起点が「B線」   


●一般には、東京駅へ向かう列車が「上り」
  「日本で1番高いところにある駅はどこだ?」「答えは東京駅」「なぜなら東京駅に向かう列車は
 すべて上りだから」という小咄があるように、鉄道各線は起点から終点方向へ向かう列車を「下
 り」、起点に向かう列車を「上り」と呼んでいる。
  ならば、東京駅を通り抜ける列車は、東京駅で上りから下りへ、下りから上りへと変わっている
 のかというと、実際、JRの横須賀・総武快速線は東京駅を挟んで列車番号を付け替えているが、
 山手線、京浜東北線では中間の一駅に過ぎない東京駅でそんな面倒な手続きはしていない。
 山手線では「内回り」「外回り」、京浜東北線では「北行」「南行」という呼び方をしている。
  東京駅を通らないJR線や各民鉄の路線も、おおむねメインターミナル側が起点で、そちらに向
 かう列車を「上り」、そこから出る列車を「下り」と称している。
●東京メトロは「A線」「B線」
  それでは、同じく東京駅を通る地下鉄である丸ノ内線はどうしているのだろうか?
  実は、丸ノ内線に限らず、地下鉄線のほとんどは都心部を横断(縦断)しているため、一般にい
 う「上り」、「下り」の表現が馴染みにくい。そこで、東京メトロの各線では、起点から終点方向に向
 かう線を「A線」、終点から起点方向に向かう線を「B線」と呼んでいる。
  考えてみればこの「起点」「終点」という言い方も変だが、これは鉄道を建設するための免許に
 記されている正式用語なため、変えようがない。
  とはいっても、一般利用者にとってはA線、B線も日常的に接する呼び方ではない。いわば部内
 用語である。耳にしたことがあるとすれば、ラッシュ時のホームで「A線先発」とか「B線2分延発」と
 いった業務放送で聞くくらいだろう。
●都営地下鉄は方角で示す
  一方、都営ではA線、B線という言葉を使わず、浅草線や三田線では「南行線」「北行線」という
 表現をしていた。どちらも比較的南北に長い線形をしていたからで、その後に開業した新宿線で
 も、東西に伸びた線形から「東行線」「西行線」という呼び方を採用している。
  大江戸線も開業区間が放射部の光が丘~新宿間だけだったときは「南行線」「北行線」と呼ん
 でいたが、さすがに環状部ではそうもいかなくなり、国立競技場まで延伸されたときから南行線を
 「A線」、北行線を「B線」と呼称するようになった。
  もっとも、ただでさえ運転のしかたが「6の字運転」という一般の人にはちょっとわかりにくい方法
 なのに、そのうえA線、B線では極めて不便なので、案内などでは「内回り」「外回り」という表現を
 使っている。
●駅ナンバリングとの関係
  なお、鉄道事業免許における起点・終点は、いわゆる「駅ナンバリング」と必ずしも一致しない。
  つまり、駅番号01が終点となる線もある。


           「読む・知る・愉しむ 東京の地下鉄がわかる事典」(青木栄一監修 日本実業出版社編 2004年7月1日刊)
 

    「大東京の地下99の謎」189頁

    79」 50年以上も主要駅に立つ「マーキュリー像」の秘密


      東京の地下鉄に乗ったことのある人なら駅の改札口の近くにある「マーキュリー像」を
    見かけた人は少なくないのではなかろうか。
      たまたま旅行で訪れた外国人から「この彫刻は誰の作品か」と駅の係員が聞かれること
    もめずらしくない。しかし、誰が彫ったのか、何の像なのか、いつ設置されたのか、詳し
    いことを知っている人は少ない。
      これは、ギリシャ神話に出てくる十二神のひとりマーキュリーの像で、1966(昭和
    41)年に亡くなった二科会所属の彫刻家、笠置季男(ルビ:かさぎ すえお)さんの作品である。
      1936(昭和11)年(当時笠置さんは35歳)のベルリン・オリンピックで見た「短距離
    の華」100メートル競走のスタートを切る瞬間の選手の表情をモチーフにして創られた
    ブロンズ像である。
      マーキュリーは商業の神であり、旅人の保護者でもある。1951(昭和26年、当時
    の営団が地下鉄事業の発展と旅客の安全を願って主要駅に設置したものだが、この像から
    は若者の燃えるような希望や熱い勝利への思いが感じられ、戦後の復興から新たな国づく
    りを始めた当時の日本人の心情を表現したものともいえよう。
      それから半世紀、時代は変化し駅周辺の風景も様変わりしたが、度重なる駅の改良工事
    で置かれる場所も転々と変わり、心ない人の悪戯の対象となつて傷ついた像もあり、「マ
    ーキュリー像」 の歴史も決して平穏なものではなかったようだ。
      50年を生き抜いた「マーキュリー像」は現在も主要駅に存在する。銀座駅なら銀座線の
    改札、日比谷線中央改札、丸ノ内線改札付近にあり、日本橋駅、上野駅、浅草駅、大手町
    駅、池袋駅にもある。
      ほかに地下鉄博物館(東西線葛西駅高架下)や東京地下鉄株式会社本社(銀座線上野
    駅下車)にもある。

「読む・知る・愉しむ 東京の地下鉄がわかる事典」
218頁

マーキュリー像

▼乗客の流れを静かに見守る神のオブジェ


●地下鉄出入口のシンボル
  銀座駅の改札口や池袋駅の出入口付近などで写真のようなモニュメントを見かけたことはない
だろうか?
  これは「マーキュリー像」と呼ばれているブロンズ像である。1951 (昭和26)年に、当時の営団
が地下鉄の出入口のシンボルとなるよう、主要駅に設置したものである。
  マーキュリーとは、ギリシャ神話に出てくる商業の神、旅人の保護者のことを指す。二科会の
彫刻家、笠置季男(ルビ:かさぎすえお)がベルリンオリンピックで100m走競技の選手がスタートを
切る瞬間の表情をモチーフに、しだいに伸びゆく若者の希望に燃えた感情を表現したものと伝え
られている。
  その後、駅の改良工事などで置かれる場所が転々としたり、いたずら書きをされて傷だらけに
なったものもあるように、けっこう苦難の歴史をたどっている。
  現在では、銀座駅(4 銀座線改札、日比谷線中央改札、丸ノ内線改札)、日本橋駅(1 改札
横)、上野駅(1 銀座線改札口)、浅草駅(1 改札前)、池袋駅(4 丸ノ内線東出入口付近)、大手
町駅(2 東西線中央改札東寄りにある丸ノ内線をくぐる通路の両側)、地下鉄博物館入口(1)、
東京地下鉄株式会社本社1階(1)にその姿を見ることができる。半世紀以上、乗客の流れを静か
に見守ってきた証人である。