地下妄の手記 歿ッ歿ッ僕等は中年窃盗団

  歿ッ歿ッ僕等は中年窃盗団


  他の人が著作権を持っている図版や説明を自著で勝手に使うことは出来ません。使う場合にはその使途目的を著作権者に明らかにして、使用の許諾を得ることになります。
  例外は、引用として使う場合と、報道として使う場合で、この場合は著作権者の許諾は必要ありません。
  以上厳密な言い方ではありませんが、一応著作権法の主旨に則り概説しています。
  さて、ここに一人困った人物がいます。他の人の著作物を自著で勝手に使うばかりではありません。原著作者が著作物に表現した事柄は著作者の人格そのものですから、その原著者が思っても居なかった様な、歪曲や、改竄を行うことを著作者人格権の侵害と言いますが、原著の表現を歪曲したり、改竄に等しい解説をして、原著作者の著作者人格権の、毀損をしたい放題と言う人物です。以下この人の近著から問題部分を幾つか挙げます。

  

  まずこれです。さて、これは果たして原作者の秋庭俊氏、漫画家の羽園真氏、編集発行元の株式会社イーストプレスその何れの方の著作物なんでしょうか?矢印で示しておきましたが、赤い矢印部分で示したところに、──GHQが1948年に製作した地図 「CENTRAL TOKYO」(『GHQ東京占領地図』より)──とあります。どうやら「複写元」の事のようです。と言うことはこの図版自体は何かの著作物から複製されたものと言うことになります。で、この「複写元」については、秋庭氏、羽園氏、株式会社イーストプレスのモノではなさそうです。つまり他人の著作物。これをここで使われていると言うことは、原著者の許諾を受けてと言うことになります。何故なら、これには青い矢印で示した様に、「実録コミック 東京地下迷宮の謎 原作秋庭俊」と記載されています。「イーストプレス」の文字も見えますね。つまりこれは中表紙として、デザイン=意匠として使われていると言うことですね。秋庭氏、羽園氏、株式会社イーストプレス以外の方の著作物を。
  すると、これは、原著者の方の許諾を得て、中表紙としてお使いになっていると言うことですが、普通その場合は

  ──GHQが1948年に製作した地図 「CENTRAL TOKYO」(『GHQ東京占領地図』より)──

と言う書き方でなく

  ──G.H.Q.東京占領地図 福島鑄郎編 雄松堂刊──

とか、

  ──©福島鑄郎.雄松堂──

と言う表示が入るんじゃないでしょうか?どうも、原著者の許諾を得られていないようですね。

  ひょっとして、これを引用と仰りたいとか?
  引用じゃないですよ、ここに書きましたけれど、また、上記でも申し上げていますが、これは表紙と言う意匠作品として原著作物を利用改変されてませんか?それは引用じゃないですよ。

  さらにここではこんな風にお使いになって、



   ── 小学生かよ喪前は、「表示がアルファベット」って、普通「英文で書かれている」とか何とか言うだろうが(笑 ──

その出自についても、




  まるで、特別なもので、恰もその発見を知っていて、特別に入手したような口振りをされているんですが、秋庭さんアンタ原作者なんだろう。なら、この(芸名:鉄男)の台詞、

  「よくそんなものが手に入りましたね」

アンタが書いてるんだよね。大都市の図書館なら大抵のところで閲覧できる「G.H.Q.東京占領地図」と言う本、アンタの場合は都立中央図書館の東京室だったよね。その書籍に付属しているのが、この復刻版の〝CENTRAL TOKYO〟。それともこれだけは、神保町辺りで古本を購われたのかな?

  「占領史の専門家がニューヨークで見つけたもののコピーです」

 正確に言おうよ、

  「終戦直後の雑誌研究についての専門家福島鑄郎が戦後史研究の上でも気になっていた、G.H.Q刊行の地図を日本国内(多分国立国会図書館)で見つけたものだから、当時の第一生命ビルや帝国ホテルの状況の記録と併せて復刻出版したもののコピーです」


  マンガにして、狂言廻し二人にしたら、ウ~ンッ、得意の「一人言説のキャッチボール」一層磨きがかかったようですね。特に、狂言廻し二人の口から語らせると、第三者が客観的に秋庭さんの主張を肯定したり、漫画と言う虚構の上では代弁したり、「よくそんなものが手に入りましたね」と持ち上げてくれるんだから、堪えられないでしょうね。

  しかし、相変わらず、懲りずにやってらっしゃるんですね。無断複写、知的財産権の泥棒行為。例によって、編集屋、出版屋も片棒担ぎ。ッてか、共同正犯。
  
  市販地図だって著作物です。
  秋庭さん得意の、国際地学協会のユニオンマップでは、国会議事堂前駅周辺で千代田線と丸ノ内線は交差しているが、昭文社のニューエストでは交差していないと言うネタの場合は、実際の様子を見せるために夫々の地図の該当部分を自著に複写するのは一応引用です。
  でもこれは引用でしょうか?

 

  市販地図の内幸町2丁目をバックに秋庭さんと鉄男、千佳子を俯瞰で描いているところ。確かに、テーマは日比谷シティーの地下に纏わる部分ですが、これは引用でしょうか?何か、このバックの地図について、秋庭さんたちは説明しているのでしょうか?意匠、デザインの一部として使用している訳ですから、何かを示す、地図として使用しているわけでもありません。地図帳の奥付に、「無断複写、転載を禁ず」って書いてありませんか?
  こう言うのを、普通盗用って言いませんか?


  ちょっとおまけで、この日比谷関係のフェイクについて、突っ込んでおきましょうか。

 

  秋庭さん格好いいですね。髪フサで。
  でも、その頭の中身はフサフサでタップリとは言えないようです。
  何せ、知識は小学校の総合学習レベルにも達して居られないのですから。

  秋庭さん達は、この貯水槽を

  「長さ22m、幅9.2m、深さ5.4m災害時には50万人分の飲料水を供給する貯水量1500トンの巨大水槽です」
  「せ・・・1500トン!そんなにでっかいのが!」

  と仰ってますが、

  チョッと計算して見ましょう。 長さ22m×幅9.2m×深さ5.4m ≒ 1100立米

  水の重さは1立米=1屯チョイ欠ける でしたね。

  1500トンつまり1500立米どうやって詰め込めるんでしょう?
  ナルホド地下迷宮の謎ですね。

  ここのお話、多くのビリーバーさんは、狂言回しの千佳、鉄コンビと同様、何の疑問も感じずに、「さすがにそれは知らなかったわ」と受け入れて居られるようですが。
  「地下妄信者の謎」とでも申しましょうかね。

  では、「長さ22m、幅9.2m、深さ5.4m災害時には50万人分の飲料水を供給する貯水量1500トンの巨大水槽です」はガセなんでしょうか?

  いいえ、これは秋庭さんが例によっての不完全な受け売り、ヤッパリ現地取材や検証をしないで書き飛ばす、秋庭さんならではの一節(笑

  東京都心のオアシス、日比谷公園。その北端にある芝生広場の地下に大きな水槽が埋められている。
水槽は長さ22m、幅9.2m、深さ5.4mのものが2つ。1500tの貯水量は、小学校のプール約5杯分だ。
  水道水が利用できなくなった震災時に、被災者に水を供給する「応急給水槽」と呼ばれる東京都の施設で、約16万人が飲む3日分の水(1人1日3リットル分)が蓄えられている。  

  読売年鑑2003(2003年3月読売新聞社刊) 巻頭特集「水」より

 

 

  水槽が2つあることも調べていない人に、

  「・・・いつ どのように工事したかは公表されていないんです」

とか、

  「そうですね ですが それらしい工事を見たという記録もどこにもないんです」

  と言われてもねぇ。

──── 以下の様に9月5日記述しましたが、 ────

  なお、この後、この日比谷界隈に、既に地下構築物があった証拠を妄想しに行く、日比谷シティーの地下駐車場、日比谷国際ビルと富国生命ビルについては、それぞれ地下部分は5階建と書かれていますが、日本プレスセンターは地下部分は3階建ですし、飯野ビル(現在建て替え中)、りそな銀行、東京桜田ビルの地下駐車場果たして、本当に全部地下4階にあるんでしょうか?
  そして、それらは海軍省の地下壕の深さと面一の海抜にあったんでしょうか?
  第一、前項でも述べましたが、海軍省の地下壕は飯野ビルの横にはなくて、千代田線霞ヶ関駅の代々木上原方にあったんですが。
  ついでに言えば、日比谷シティーと飯野ビルの間には、新生銀行本店ビル(旧長銀本店)が、りそな銀行との間には物産ビル別館とか挟まっているんですが。

──── 次の様に9月7日未明、書き改めます。 ────

  なお、この後、この日比谷界隈に、既に地下構築物があった証拠を妄想しに
  「あの3つのビル」
に行くわけですが。 さて、日比谷シティについては、私には「帝都東京・隠された地下網の秘密」(洋泉社2002年12月刊)以来、秋庭さんの記述に腑に落ちないことがあります。

  日比谷公園のわき、日比谷シティには、富国生命、プレスセンター、日比谷国際ビルという三つの高層ビルが並んでいる。
  三つのビルは資本も系列も異なっているが、地下三階、地下四階の壁をぶち抜いて、広大な地下駐車場を共有している。
  こういうことは常識では考えられず、三つのビルが建つ前から、というより戦前からここには地下建設があったと私は思う。
「帝都東京・隠された地下網の秘密」(洋泉社2002年12月刊109頁)

  今回は、言葉では「資本も系列も異なる三つのビルが」と仰ってはいますが、ビル名は仰っていませんね。
  ただ、「日比谷シティ地下駐車場案内図」を どこかの案内からパクって貼り付けられていて、そこには「日比谷国際ビル、富国生命ビル、日本プレスセンター」の位置図があります。


  しかし、日比谷シティの案内には

http://www.hibiyacity.com/hibiya_new/field.html

日比谷シティ概要
日比谷シティは、旧日本放送会館(NHK)の跡地に三菱地所(株)が 昭和54年5月から2年6カ月の工期を経て56年10月に竣工した、地下5階、地上31階、延べ床面 積12万8,403平方メートルの規模を有する日比谷国際ビルヂングの商店街並びに日比谷シティ広場「サンクンガーデン」と隣接ビル(富国生命ビル、日本プレスセンタービル、日比谷セントラルビル)の商店街を合わせて

  駐車場の事は言っていませんが、「日比谷シティ」は日比谷シティ広場「サンクンガーデン」と、日比谷国際ビル、富国生命ビル、日本プレスセンタービル、日比谷セントラルビルの四つのビルの商店街を合わせたものと言っています。現に

http://www.hibiyacity.com/hibiya_new/index.html

  ここには、四つのビルのイラストとそれらの地下1階と地下2階商店街の関係が描かれています。

  でも、秋庭さんの主張は一貫して、日比谷国際、富国、プレスセンターの三棟を日比谷シティとされていて、日比谷セントラルビルは日比谷シティには含まれていないことになっています。わたしは、ずーっとこの日比谷シティの件(くだり)に日比谷セントラルビルが無いことが腑に落ちませんでした。
  秋庭さんとしては、日比谷セントラルビルの下には「3つのビルの壁をぶち抜いた巨大な駐車場が存在しないから」日比谷セントラルビルは「反則」だと仰りたいのでしょうか?
  しかし、そうなるとここに

http://www.hibiyacity.com/hibiya_new/access.html


  「巨大な」駐車場の利用案内があって、「日比谷国際ビル・日比谷シティ商店会加盟店のご利用での駐車サービスのご案内」と書かれています。日比谷セントラルビル商店街のユーザーも利用可能と言うことですから、日比谷セントラルビルも日比谷シティの一員ですね。
  一方で、「壁をぶち抜いた巨大な駐車場が地下に存在する3つのビル」の内、日比谷国際ビルと富国生命ビルについては、建築雑誌などには、それぞれ地下部分は5階建と書かれていますが、日本プレスセンターは地下部分は3階建と書かれています。
  飯野ビル(現在建て替え中)、りそな銀行、東京桜田ビルの地下駐車場が地下4階にあるとされ、海軍省地下壕の最深部が地下4階と同等な深さ(だから海抜を使えと)にあったとして「地下4階」に拘られる、秋庭さん。このプレスセンターの地下は何階建てなんでしょうか?
  また、ご提示の「日比谷シティ地下駐車場案内図」をよく見ると、地下駐車場を示しているような網掛け、プレスセンターに掛かっていない様なんですが。




  日本プレスセンター、飯野ビル(現在建て替え中)、りそな銀行、東京桜田ビルの地下駐車場果たして、本当に全部地下4階にあるんでしょうか?
  そして、それらは海軍省の地下壕の深さと面一の海抜にあったんでしょうか?
  第一、前項でも述べましたが、海軍省の地下壕は飯野ビルの横にはなくて、千代田線霞ヶ関駅の代々木上原方にあったんですが。
  ついでに言えば、日比谷シティーと飯野ビルの間には、新生銀行本店ビル(旧長銀本店)が、りそな銀行との間には物産ビル別館とか挟まっているんですが。

  日比谷界隈の既にあった(例によって、戦時中か、戦前か、江戸時代かご都合主義の時代設定ですが)地下空間って一体何なんでしょう?
  

  さて、秋庭さんの得意技、無断複写、盗用。中でもその最大の被害者、(実は最大の被害者は4人以上いらっしゃるのですが) には中村順平氏が挙げられるかと思います。 何しろ、作品は盗まれた上に、島田荘司さんと言う人に転売までされちゃっているんですから。
  では、その盗品をお目に掛けましょう。

 


  「これは 帝都復興計画が潰された後 新たに後藤のもとで作られた図面です」と、手で持って示す秋庭さんのバックに──大都市復興計画案平面図(「東京の都市計画を如何にすべき乎」より)──とキャプションが入った地図のようなものがコピーされています。

  引用じゃありませんよこれは、何故なら、図について嘘の説明をしています。

  「これは、帝都復興計画が潰された後」

  潰された帝都復興計画などありません。潰された

  「帝都復興計画(案)」

  ならあったかもしれませんが、それは何も反後藤の政治の鬩ぎ合いとか、軍部の秘密地下網とかいう妄想とは関係なく、

  みんな貧乏が悪いんや、

  つまり、大日本帝国に金がなくて、案は案で終わったと言うことです。
  縮小されはしましたが、「帝都復興計画」は実行されました。その計画に沿って、道路は引き直され、大川には橋が掛けられ、同潤会アパートは建設され、小・中学校は鉄筋化され、公園が再構築され、そして帝都復興がなったとして、記念式典まで行われました。
  計画があって、目標が達成されないのに、復興がなったと祝までやるもんでしょうかね?

  「新たに後藤のもとで作られた図面です」、

  冗談じゃない、いくら後藤だって、こんな大風呂敷は拡げません。
  この図面と言うか意匠というか、これは、仏国はパリで、建築士としての修行をして、震災から半年後だったかな?に帰朝した中村順平と言う建築家が自分のプレゼンのために自費出版してバラ撒いた、リーフレット

  「東京の都市計画を如何にすべき乎」

 の口絵部分に当る、彼の

  「圖面平 案畫計興復市京東大」

  と言う図です。

  「大都市復興計画案 平面図」

  じゃありません。
  後藤とも、内務省とも何の関係も無い個人さんの作品です。
  建築家の図面(この場合は計画図ですが)て言うのは、それだけで、自己の創造的主張ですから、作品であり、著作物です。
  中村順平さんの、この圖、秋庭さんの背景として、意匠として使う以上は当然著作権者の許諾が必要ですし、原著者に意図と異なる説明や、原著者が行った事実と異なる事項の説明は、著作者、著作物の有るがままの姿を損ねるもんですから、著作者人格権の侵害です。
  この圖は大正13年に刊行されたリーフレットに掲載されているから、もう、著作権切れているとお考えの方もあるかもしれませんが、中村順平さん若くしてこれを発表され、1977年までお元気でいらっしゃいました。何しろ、学部は違えど、秋庭さんの母校横浜国大の建築科で先生までされていましたので。1925年から1946年までですけど。
  つまり亡くなられてから50年ある著作権、切れてないんです。しかも、著作者人格権は未来永劫保護されることになっています。「反古」じゃないですよ。

  ですから私はこれを盗品と申し上げてるんです。この辺の顛末についてはこちらを参照ください。

  念の為挙げておけば、島田荘司さんに転売されたのはこれです。

 

 「帝都衛星軌道」島田荘司著 小説現代一月増刊号 メフィスト 平成十八年一月一日講談社刊

  しかし、この様な無法は一人秋庭さんに拠ってのみなされているわけではありません、秋庭さんの作品を編集し、出版される皆さんの共同作業として行われていることは、私が繰り返し申し上げていることです。
  売れれば良い、親告罪だから、刑法犯(著作権法違反には刑事罰があります)であっても告発されなければ、売ったが勝ち売れたが勝ちと言う、心根が、出版事業と言うビジネスにあって、自らの首を絞め、ビジネスを衰退させていることに思い至らない方々に対し、私は本項のタイトルを差し上げることとします。