地下妄の手記 一つ二つは面倒だ束にして燃してしまえ。 その13

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一つ二つは面倒だ束にして燃してしまえ。 その13

70」[小竹向原駅]何度も起点駅にされたのち「途中駅」になったのは、なぜ?

 東武東上線の和光市駅を起点とする有楽町線は、白子変電所付近から地下鉄になり、川
越街道を成増、赤塚と来て右にカーブ、南下して都道441号線に入り平和台、氷川台を
経て市街地の下を直進して要町通りの小竹向原駅に到着する。ここで西武有楽町線と合流
したあと、本線は千川、要町を通って池袋駅に向かう。新線は千川、要町には停車せず新
線池袋駅に達するが、2008(平成20)年6月からは新線池袋駅で副都心線(13号線)につ
ながることになっている。この有楽町線の駅のなかで最も不思議な駅が小竹向原駅である。
現在は本線に西武有楽町線がここで合流し、ここから本線と新線に分かれるという奇妙
な中継駅になっている。この駅が、計画段階では丸ノ内線でも有楽町線でも副都心線(13
号線)でも起点とされていながら、実際に建設工事が始まると池袋駅に、和光市駅に、新
線池袋駅に変更される不思議な駅であることは、丸ノ内線池袋駅の項で述べた。

 小竹向原駅に掛かる免許関係はここを参照してください。

 丸ノ内線池袋駅の戯言についてはここを再度確認ください。

 住民と合意が成立して小竹向原に初めてできた巨大な地下建築、小竹向原駅の地下2階
にはホームが2つ、有楽町線と副都心線の2つの地下鉄が同時に発着できるように造られ
ている。
この駅のもうひとつの不思議は、この駅の地下1階と2階のあいだにコンクリートが詰
められていることだ。そんな空間がなぜできたのだろうか? 設計のミスはありえないと
すれば、別の原因があるはず。

 普通に考えれば、道路からの騒音・振動の吸収、防護。

 小竹向原駅の断面図を見ると、その原因がわかった。駅の上の地下1階に、放射36号地
下街路のトンネルが2つある。この地下街路のトンネルは、いかにも駅の建設と同時に造
られたかのように見えるが、東西線高田馬場駅近くにある地下街路と同様に、この地下街
路も以前からここにあったと私は考えている。
その下に有楽町線の大きなトンネルを造るとき、2つのトンネルのあいだに詰め物をし
なければならない〝すき間〃が生まれたのではないだろうか。

 「2つのトンネルのあいだに詰め物をしなければならない〝すき間〃が生まれた」ってことは、もしそれが、意図せざるものなら秋庭さんが後から作ったと主張する、有楽町線の設計ミスってことになるんじゃないのかな?後から作ったものが設計ミスはおかしいでしょ。
放射36号線が小竹小学校の校地下をどう走っているか、については、天涯氏(現在は参照不可)、ALICE堂氏、mori-chi氏のblogをそれぞれ検索されることをお奨めします。秋庭さんの戯言は適切に否定されています。


71」[東池袋駅]この駅は戦後に新たに造られたものではない?

 JR池袋駅東口の正面に大通りがまっすぐ護国寺方向に延びている。この大通りは「日
の出通り」といい、関東大震災後の帝都復興事業のひとつとして造られたものである。今
はその姿を見ることはできないが、ここにもかつて路面電車が走っていた。その路面電車
の線路を敷く認可を受けていたのは東京都でも東京市でもなく、当初は武蔵野鉄道、今の
西武鉄道だったという。

本項は、「帝都東京・地下の謎86」(2005年洋泉社刊)の85番目の謎からの使い回しネタです。元の記述はこんなんでした。

 池袋駅前の大通りは、日の出通りという。山手線の内側、東口の話である。この大通りは一九
二七(昭和二)年に計画された。帝都復興事業の一環だったようだ。日の出通りは、池袋と護国
寺を結んでいる。
戦前、日の出通りに電車を敷く認可は、武蔵野鉄道が持っていた。武蔵野鉄道というのは、い
まの西武鉄道である。


地下の謎86から3年、「帝都復興事業の一環だったようだ。」「関東大震災後の帝都復興事業のひとつとして造られたものである。」と確信に変わっているのは何か新資料でも発見されたのかな?東京室にはそんな資料は無いから、多分妄想の中で発見されたんでしょうね。

この日の出通り、一般には池袋グリーン通り或いは「グリーン大通り」で通っている道のことです。で、昭和二年に計画されたのなら、帝都復興事業とは無関係ですね。大正12年~14年で計画は確定していますものね。実際無関係です。なぜなら、この通は地域住民によって企画され、彼らの手によって開かれた道だからです。引き続き「99の謎」「謎86」の対比を見ていきましょう。

【99の謎】

 しかし、武蔵野鉄道は線路を敷くこともしないまま、1938(昭和13)年に認可を東京
市(今の東京都)に譲渡したいと鉄道省に申し出ている。実は、JR池袋駅は高台にあって、
周辺から駅に向かう道路はいずれもきつい上り坂になっている。
そのため、池袋は当時「電車の鬼門」といわれ、線路を敷くとなると大規模な整地、道
路の造り直しが必要だった。武蔵野鉄道は結局、工事開始に踏みきれなくて認可の譲渡を
申し出て、認められている。

【謎86】

だが、西武鉄道はなかなか電車を敷設せず、一九三八(昭和十三)年、そ
の認可を東京市(いまの東京都)に譲渡したいと申し出ている。同年十月、鉄道省がこの申請を認
めている。
東京市が一九三七(昭和十二)年につくった地図が左にある。武蔵野鉄道が認可の譲渡を申請
する前年である。
ところが、日の出通りにはすでに線路が敷かれている。本来、ありえない話である。実は、池
袋周辺は周りより少し高く、坂がきついことから、電車の鬼門といわれていた。戦後、池袋にト
ロリーバスが走っていたことは広く知られている。このあたりに電車を敷こうとすれば、大規模
な整地と、道路の敷き直しが不可欠だった。


武蔵野鉄道は池袋と護国寺を結ぶ線について、軌道線特許(大正14年 1925年3月)と鉄道線免許(昭和3年 1928年12月)とを持っていた様で、その意図が今一つはっきりしないのですが、鉄道線は現西武池袋線が山手線を乗越えた辺りに当時あった「上り屋敷」の駅から護国寺まで、一方軌道線は池袋駅の南側から護国寺までを押さえていたようです。意図がハッキリしないと言いますのは、護国寺での市電との連絡が目的の1067mmの鉄道線と市電の池袋延長線的な意味合いの軌道線のそれぞれで免・特許を得ている事です。
さて、これらの内軌道線については、上記の様に東京市に譲渡し、鉄道線については同時に失効させています。ただし、武蔵野鉄道が当該軌道線を開通出来なかったのは、「電車の鬼門」等と言う怪しげな話ではなく、金が無かった事に尽きます。
鉄道線に較べて、容易なはずの軌道線すら通せなかったのですから。
もう一つには、この軌道線を物理的に阻止する、「電車の鬼門」なんて怪しげなもので無く、山があったんです。実際には丘ですが、東武の根津嘉一郎の地所だったので「根津山」と称されていました。この様な経緯から、武蔵野鉄道の池袋の南側から護国寺までの軌道線の免許ですが、譲渡を受けた東京市が昭和14年に敷いた経路、17系統池袋線とは異なっていたのではないかと思われます。
と言うのは、武蔵野鉄道がいつまでも軌道線、鉄道線を建設しない事に業を煮やした地元高田町の有志が、根津とも交渉し、根津山も切り通しとかにして、池袋から護国寺の市電との間の短絡ルート、人道と言うか車馬道、後の「日の出通り」を昭和7年に通しちゃった。
その道を東京市が9メートルに拡幅したのが昭和12年9月。1925年(大正14年)には、此処までの段取り出来ていなかったでしょうから、武蔵野鉄道の軌道線の目論見の経路は大分に違っていたものと思われます。
まぁ、しょうがないですよね、武蔵野鉄道。此処までやられて、これで軌道が敷けないんじゃ免許譲るしかありませんよね。で、昭和13年に東京市に免許を譲り、14年に市電池袋線17系統がこの通りを走り始めたのが4月1日。
ところで、秋庭さんが、

 東京市が一九三七(昭和十二)年につくった地図が左にある。武蔵野鉄道が認可の譲渡を申請
する前年である。
ところが、日の出通りにはすでに線路が敷かれている。本来、ありえない話である。

 と書いて、左ページに掲出されている地図ですが、

 

一体何を以って、東京市が1937年(昭和12年)につくった地図と仰るのでしょうか?そうです、東京市が昭和12年にと口で言っているだけで出典元を暈しておられる。ハイ、れっきとした歪曲です。実はこれは、

    大日本帝国陸地測量部、明治42年測図昭和12年第4回修正測図、昭和14年4月25日印刷、30日発行の1万分の1「早稲田」と言う地形図です。
秋庭さんは、昭和12年に作られた地図に、昭和14年開通の軌道線の記述があるのはおかしいと言っておられるのですが、昭和14年発行の地図だから別に市電線路の補入は奇異なことではないんです。
なお、秋庭さん曰くところの「日の出通り」ですが以上の様な経過から、地元では「市電通り(後に都電通り)」と言う方で通っていたようですね。

 次のパラグラフは判り易い様に「86の謎」を先に、「謎99」を後に持ってくることにしました。


【謎86】

東京市が実際にここに線路を敷いたのは、認可を譲
渡された翌年である。
日の出通りの途中に「日出町三丁目」とある。「三」の文字が線路をまたいでいる。戦後、こ
こには有楽町線の東池袋駅がつくられた。この駅を建設したのは、私は、西武高速鉄道だったと思っている。

【99の謎】

認可を譲渡された東京市は、翌年の1939(昭和14)年に線路を敷き、路面電車を走ら
せている。それから35年ほどあとに有楽町線が開業して、この通りの地下に東池袋駅がで
き、護国寺まで地下鉄が走るようになった。
この東池袋駅は戦後新たに造られたとされているが、私は戦前、路面電車を断念した武
蔵野鉄道と関連のある西武高速鉄道が造ったと考えている。
一度得た「認可」は、譲ったあとも完全に消えることなく形を変えて生き返る。それが
東京の地下であり、東京の地下鉄だ。
路面電車を断念し東京市に認可を譲った武蔵野鉄道は、関連のある西武高速鉄道に今度
は地下鉄を走らせる計画を立てさせ、ひそかに東池袋駅を造っていたのではないかと考え
ている。
それを戦前、営団が生まれたときか、戦後、営団が地下鉄を建設しはじめたときに譲っ
たに違いない。こうしたことは東京の地下ではよくあることなのだ。

 

 【謎86】は、なんて悲惨なんでしょ。なんで此処に「西武高速鉄道」が出てくるんでしょうね?【99の謎】の方が少しはまし?「西武高速鉄道は武蔵野鉄道と関連がある」と書いてるだけ、読者には親切ですかね?まぁ、それぞれの項の最初のパラグラフで、「武蔵野鉄道は今の西武鉄道」だ、みたいなことを書いているからそれで説明になっていると思っているのかな?

 まず、武蔵野鉄道が堤康次郎の手に落ちるのが、1932年(昭和7年)と言われている。完全支配は1940年(昭和15年)。旧西武鉄道が堤の影響下に入るのは1943年(昭和18年)以降、実際には陸上交通事業調整法による武蔵野鉄道への吸収合併(社名は西武、存続会社は武蔵野鉄道)は終戦後の1945年(昭和20年)9月。これのどこに東池袋駅を西武高速鉄道が建造せにゃならん義理があるの?武蔵野鉄道と旧西武鉄道(西武軌道の地下化を西武高速鉄道と称した旧西武)は戦前は、帝都電鉄と京王電軌の関係と同様に、電鉄会社としてはお互い資本系列も違えば、人的関係も無い、無関係な企業同士だったんですけど。
なお、西武高速鉄道(旧西武軌道)についてはここを参照ください。

「認可は譲ったあとも」って、譲られた特許は軌道線で消化されてるじゃないですか?同時に鉄道線をどうやって造れるのか?あるいは、有楽町線の池袋~護国寺間は東京都から軌道線の特許を譲られたものだと言う何か証拠があるんでしょうか。前項で示した「免許の譲渡」には公式な記録がありましたよね。だから、秋庭さんも実際は「大手町~巣鴨」の免許譲渡を歪曲して、「大手町~日比谷」の免許譲渡と嘘が吐けた訳でしょう。?「池袋~護国寺」は、「大手町~巣鴨」の免許を「大手町~日比谷」に歪曲する以上に無理って言うか、根拠無いんですけど。

  ──【平成20年8月16日追記】──
  【謎86】と【99の謎】の最大の違いは、【99の謎】には、

   東京市が一九三七(昭和十二)年につくった地図が左にある。武蔵野鉄道が認可の譲渡を申請
する前年である。
ところが、日の出通りにはすでに線路が敷かれている。本来、ありえない話である。

  とする証拠の品、「昭和十二年の東京市が作成した地図(早稲田)」の掲載と説明が無いことです。
  その理由はこの地図が、上記で示した様に大日本帝国陸地測量部、明治42年測図昭和12年第4回修正測図、昭和14年4月25日印刷、30日発行の1万分の1「早稲田」だと言う事だけでなく、秋庭さんこの部分を「明治・大正・昭和 東京一万分の一地形図集成 柏書房1983年11月刊」すなわち戦後に作られた復刻地図集から無断複写しているからです。
  ──【平成20年8月16日追記終わり】──



72」[護国寺駅]お寺の名前が駅名になった謎

 東池袋駅を出た有楽町線は、首都高南池袋PAあたりで道路下を外れて護国寺境内の下
を突っ切るようにして音羽通りの下にある護国寺駅に到着する。
神社仏閣の名前が駅名になっているのは半蔵門線水天宮前駅とここだけだが、地図を見
ると、半蔵門線は水天宮の前を通るだけで境内を通っていない。有楽町線は境内の下を
堂々と通っている。だから「護国寺前」でなく「護国寺」となったのだろうか?

都営では、「泉岳寺」、東京メトロでは「明治神宮前」は無視ですか?

そういえば、護国寺の前にある1番地上出入口を入ると、階段とエスカレーターで地下
1階の改札に向かうが、奇妙な構造になっていて、方向感覚が鈍い人はまるで護国寺の地
下に入ったように錯覚してしまいそうなのだ。
下りる階段もエスカレーターも護国寺の方向を向いているからだが、実は降りたところ
は目前が壁、そこを∪ターンするようにして改札にたどりつく構造になっている。ホーム
は護国寺の地下でなく、広い通りを隔てた向かい側にある。駅は「護国寺前」なのだ。

 何故、「お寺の名前が駅名になった」ことが「謎」なのかの説明になっていないんですが、

 この護国寺と日比谷線築地駅近くにある本願寺を結んだラインは、東京を東西に分ける
中心線になることをご存知だろうか?
東京の地図を広げてみて定規で線を引いてみていただきたい。そして、その線の上に何
があるかチェックしてみると面白い。皇居乾門、神楽坂などなど。東京の街がまるで違っ
た街に見えてくるはずだ。
私は、東京の地下鉄や地下道などの起点や終点、防空壕などの地下施設がひとつのライ
ンで結ばれていることを見つけている。

 東京を東西に分ける中心線?ここで言う「東京」ってどこのことだろうか?現23区(旧35区)?それとも旧15区。山手線内?朱引き内?範囲がはっきりしないものに中心線って何でしょうか?
第一、護国寺と築地本願寺って結ぶと北西から南東に走る線になりますから、東京を「東西」に別けてるんじゃなくて、「北東と南西」に分けてるんではないんですか?
線上に本当に乾門が在るのか?秋庭さんが信用しない「地図」上で、本当に直線上にあるんでしょうか?特に神楽坂は神楽坂のどの辺りを指すのでしょうね?毘沙門様?ペコちゃん焼きの不二家?肉まん中華の五十番?「あんた死ぬわよ!ばぁさん」の講演会場辺り?ねぇ?何処ですか?
坂下から音楽の友社のホールまででも東西に800メートルほど在ります神楽坂。何処かに掠るよそりゃぁ。


さて、次も「99の謎」「謎86」の対比で。奇しくもどちらも「73」と項番まで同じなのは笑えますが。ここ

73」[飯田橋駅]外堀通りの地下に掘られた巨大トンネルの正体は?

では、「言説のキャッチボール」、通常「言説のキャッチボール」は他者との対話と言うか、妄想をやり取りしているうちに、内容に肉付が為され、自分の言説が相手(他者)の口から語られる事に拠って客観的な裏付けが付いたように更に確信的に妄想する行為を指すのだが、秋庭さんの場合はこれを一人で行えると言う便利な頭脳をお持ちで、初期の妄想と言うか思いつきが如何にして確信となっていくかと言う事を以下に示す事としたい。過程を明らかにするために【帝都東京・地下の謎86】を先に、そのパートに対応する【大東京の地下鉄道99の謎】を後に挙げて対比を明らかにしようと思う。

【謎86】

73◆市谷の外濠の下には広大な地下鉄の車両基地がある   市谷①/新宿区

 飯田橋から市谷にかけて、外濠が静かに水をたたえている。ひじまで水の中に入れるともう、
手のひらは見えない。飯田橋の東側の神田川と違って、西側は水が流れない外濠である。この堀
もやはり中央が埋められ、明治後期に二つに分断された。以後、牛込濠、新見附濠と呼ばれてい
る。


【99の謎】

73」[飯田橋駅]外堀通りの地下に掘られた巨大トンネルの正体は?

 JR飯田橋駅と市ヶ谷駅のあいだには中央線沿いに外濠が静かに水をたたえていて、近
くには釣り堀や貸しボート、レストランなどもある。しかし、飯田橋駅の東を流れる神田
川と違って外濠の水は流れていない。肘まで水に入れると指先は見えなくなるくらいだか
ら、泳いでいる人は昔から見かけたことはない。そんな濠の下を走っているのが、有楽町
線だ。

 「肘まで水に入れると」はお気に入りのフレーズですか?こんなものまで使いまわし(笑
神田川で人が泳げたのはいつ頃までなんだろう?川も御濠もどちらも泳いでいる人は昔から見かけないのだけれど。


【謎86】

 地下鉄有楽町線は、ここではトンネルを四つ並べて建設している。中央の二つは車両基地用と
いうことである。牛込濠には電車の自動洗浄機が設置され、外濠を二分した市谷田町では、線路
図を見る限り、知られざる路線と交差しているように思える。有楽町線のトンネルがその路線を
載せたような形である。

【99の謎】

 飯田橋駅では南北線の西側を走っているが、東京理科大の前あたりで交差して外濠の下に
入ってくる。そこにはトンネルが4つ並べたように造られている。西側の2つのトンネル
は走行用で、有楽町線が走っている。中央の2つのトンネルが車庫(車両基地)用で、飯田
橋寄りの牛込濠の下あたりには自動洗浄機が設置されていて、飯田橋駅方向から来た車両
は車体をまるごと洗うことができる。

 何か変ですね【99の謎】の記述

トンネルが4つ並べたように造られている。

西側の2つのトンネルは走行用で、有楽町線が走っている。

中央の2つのトンネルが車庫(車両基地)用で、

トンネル4つで打ち止めのはずなのに?東側にもあるんですか?



秋庭さんが無断で拝借してこられた、有楽町線の線路平面図縦断面図によると、中線なんですけど、有楽町線建設史から、元図を挙げておきますね。



東京地下鉄道有楽町線建設史(帝都高速度交通営団刊)「線路平面図および縦断面図」

【謎86】の方がこの記述についてはボロが出てないんですが、

【謎86】

 有楽町線・飯田橋-市ヶ谷間の線路図が左にある。黒く塗られたようなところが外濠である。
文字が横向きになっているものの、「自動洗浄機」も読めると思う。
有楽町線は外堀の下を一直線に結んでいる。道路の下はほとんど走っていない。だが、国土地
理院の地図では、かなりの間、道路の下を走行していることになっている。有楽町線のルートと
しては誤りでも、そういう地下ルートがあるかもしれない。


【99の謎】

 市ヶ谷方面寄りの新見附濠の下には、車両を留めておく留置線がある。線路は交錯して
いて、点検・整備を終えた車両が市ヶ谷方面に出ていく。そんな施設があることを、地上
からは想像するしかない。


この辺りの記述、大もとになるのかな?「帝都東京・隠された地下網の秘密」(洋泉社2002年刊)の単行本188頁ではこの様に書かれています。

        地下鉄飯田橋駅では、有楽町線と南北線は「B2」にホームが並んでいる。二線はそこから外濠を並走し、
        一度交差してから、また並走して市ヶ谷に到着している。最近の地図では有楽町線が外堀通りを走っている
        としても、私は、線路図のとおり、牛込濠と新見附濠のほぼ中央を走っていると思う。
        というのは、ここには有楽町線の上り下りのほかに、電車検査用の線路が一本、停車用の線路が三本敷
        かれていて、車両自動洗浄機も備え付けられているという。その上には、ATC室、電気室、換気室などのほ
        か、事務室や会議室、休憩室などもある。それだけの設備を整えたにもかかわらず、それをハズれて外堀
        通りを走るとは思えなかった。

【謎86】

 地下鉄南北線は、ここでは大断面のシールド工事を行っている。横幅三〇メートル、高さ二三
メートルというから、地下鉄のトンネルにしても十本分もある。なぜ、八両編成の電車が四本し
か置けないのかわからない。

【99の謎】

 この区間、外堀通りの下には、大断面のシールド工法で建設された高さ10メートル、横
幅30メートル、地下鉄の10本分の線路が敷ける大きなトンネルが埋まっている。しかし、
南北線の8両編成の電車4本分しか線路は使われていない。何か他に走らせる秘密の計画
でもあるのだろうか? それとも周辺に秘密の地下道でもあって、それを整備するために
必要もない大きなトンネルを造ったのだろうか? 私は、周辺の秘密の地下道を整備した
可能性が高いと考えている。

 【謎86】の高さ二三メートルの妄想は【99の謎】では修正されているようですが、横幅については駄目駄目ですな。
さて、複線トンネル内での列車の中心間の距離は、JRにも乗入れている千代田線を例にとると、3m60cmとなっています。また、トンネル内の内法の幅は、単線区分では3m70cmとなっています。有楽町線も、南北線もこの辺の寸法に大きな違いはありませんので、ですから、もし、横幅30メートルに地下鉄10本を納めるとなると、地下鉄車両はオイルサーディン状態で身動き取れません。

        「地下鉄南北線は、ここでは大断面のシールド工事を行っている。」

と秋庭さんが参考文献に挙げている「東京地下鉄道南北線建設史」553頁には、
「第22節 市ヶ谷駅・同留置線の大断面開削工事と引上げ線工事」と書いてあります。大断面開削工事つまりこの区間は、シールド工法ではありません。

 


「図118 市ヶ谷駅掘削工法標準図」「図119 有楽町線接続部掘削工法図」これは何なんでしょうね?
「横幅三〇メートル、高さ二三メートルというから、地下鉄のトンネルとしても十本分もある。
なぜ、八両編成の電車が四本しか置けないのかわからない。」
「地下鉄のトンネルとしても十本分もある。」と言うのが私には解らない。 どう言う算法を以ってそう言えるのか?
ひょっとして、二段重ねで、十本分と仰っているのかしら?
御覧の様に、市ヶ谷駅を挟んでA線、B線、その横に引上げ線が四線分、つまり、線路6本分プラス駅、
が横幅三〇メートルの中に収まっている訳なんだけど。


◇泣く子と朝日には勝てぬ

此処からは私の矛先少し変わります。此処に措くべきかは迷ったのですが・・・・・。
 ヤッパリ、マトモな回答が出来ない、真摯に謝罪が出来ない人達、本当に秋庭ワールドと同じ心根に生きる累友なのだと言う事がよく判った「回答」でした。
先般ここで、挙げた事どもについて、書いた以上は、書いた人間として、その結果を挙げて、重ねて、秋庭さんの品性と小児性の傍証として以下論評しておきます。

「インテリが作ってヤクザが売る」、新聞は今までそう言われて来ましたが、今回の朝日の回答なるものを見ると、「コドモが作ってヤクザが売る」と言う事のようです。
多分、「全国犯罪被害者の会(あすの会)」の代表幹事岡村勲弁護士も、法的な対応のレベルでは、以下の朝日の徹底的に逃げ回る(法務担当者が作成したと思しき)詭弁回答、謝罪を逃れながらの、実態は全面降伏文書に満足するしかなかった事と、こんな子供相手に何を言っても無駄と言う「納得」(呆れ返って)、諦観をされたんじゃないか、と思えてきました。
秋庭ワールドの人々と立場が異なりますので、この記述は岡村氏の人格を忖度しているのではないことを、ハッキリ言って私の勝手な推測、私の妄想だと、念の為前置きしときますね。
まず、新聞記事はキャプションの付け方や、見せ方で主張しますから、複写分を挙げておきます。なお、画像で読めなくてもテキスト(陸壱玖の文責において改行位置変更)で全文を挙げますので、論評も含めると同じものが三度出る場合もあってウザッたいかも知れませんが、よろしくご確認ください。

 


2008年8月2日朝日新聞朝刊大阪版37面

本社回答に「納得」

 素粒子問題で犯罪被害者の会

 死刑執行にからんで鳩山法相を「死に神」などと表現した朝日新聞の夕刊コラム「素
粒子」をめぐり、「全国犯罪被害者の会(あすの会)」は1日、記者会見し、朝日新聞社
からの回答に「納得した」として、抗議を打ち切る考えを示した。
朝日新聞社は同日、「死に神という表現が犯罪被害者遺族の方々にどんな気持ちを
起こさせるか思いが至らなかった」として「適切さを欠いた表現だった」と回答した。
代表幹事の岡村勲弁護士は会見で、朝巳新聞社の回答について「いろいろな思いが
あるが、納得しました」 「大臣であっても、死に神と言われればぞっとしますから(使わ
ないでほしい)」と述べた。

本社回答の全文

 全国犯罪被害者の会からの4点の質問項目に対する朝日新聞社の回答は次の通り。

 ▼「永世死刑執行人」、「死に神」という言葉の意味は

 「永世死刑執行人」というのは、6月18日付夕刊の素粒子の1項目目にある将棋の
「永世名人」から連想し、筆者が考え出した言葉であり、比喩(ひゆ)です。「死に神」
も同じように比喩です。
その意味合いは「人を死に誘うような神」 「人を死に至らしめるような神」ということ
ですが、用語の意味を説明するだけでは、その言葉を使った意図についてご理解
いただけないと思います。
このような表現になったのは、鳩山法相がほぼ2カ月おきに死刑の執行を命じ、就任
から1年足らずで執行数が13人になったということだけではなく、これまでの回答で繰
り返しご説明しているとおり、その前の法相の発言があったからでした。
法相の死刑執行命令は法に基づくものであり、鳩山法相が命令したことをもって「死
に神」と批評したものではなく、執行命令自体を批判するつもりはありません。
「死に神」という表現に対しては、読者の方々から「法相は職務を全うしているだけ
だ」 「ふざけすぎだ」というようなご意見がたくさん寄せられました。
弊社としましては、もっともなご意見だと受け止めております。

 ▼13人の死刑が多いとすると、何人ならよいのか、死刑囚の教が増え続けてもよいと
いうことか

 13人の死刑が多いと言っているのではありません。最近の法相の中で執行数が多い
と指摘したものです」件数が適正でないと言っているわけではありません。凶悪な事件が
増え、死刑判決が増えれば、執行数も当然、増えていくと思います。

 ▼死刑執行に対しては法務大臣のどこが慎重さを欠いたのか、慎重にするためにはど
うすべきであったか、慎重の内容は何か

 「朝日新聞社は死刑廃止の立場はとっていません。そのうえで、死刑は人間の生命を
絶つ究極の権力行使であるため、執行にあたっては慎重のうえにも慎重な対応を求めて
きています」という先の回答に対するご質問だと思います。
この回答は、朝日新聞がこれまで死刑執行について慎重な対応を求めてきたという一
般論です。鳩山法相が慎重さを欠いたと言っているわけでは決してありません。死刑確
定後、法務省は裁判記録をもう一度調べ、判決に疑問がないかを確かめると聞いていま
す。そうしたことに念には念を入れてほしいという趣旨です。

 ▼死刑確定後は遺族の存在を忘れるのは、なぜか

 「死に神」という鳩山法相に向けた表現が犯罪被害者遺族の方々にどのような気持ち
を起こさせるかについては、思いが至りませんでした。犯罪被害者遺族の方々だけでな
く、どのような人にどんな思いを起こさせるかについても、考えが及んでいませんでした。
職業や立場によっては、まるで自分のことを言われたようだと受け取った人がいました。
「死に神」という言葉そのものに不快な気持ちを抱いた人もいました。
犯罪被害者遺族をはじめ多くの方々からのご批判を踏まえたとき、適切さを欠いた表
現だったと言わざるを得ず、出稿の責任者である論説副主幹は「自らの不明を恥じるし
かありません」と述べています。弊社としても同様に受け止めています。
犯罪被害者遺族の方々が凶悪事件の被告に死刑判決を求めたり、確定死刑囚の執行
を望んだりするお気持ちについては十分理解しております。そのことも重ねて申し上げま
す。

 以上、回答とさせていただきます。ご理解をお願い申し上げます。


朝日の整理担当のキャプションの付け方、同業他社が仕出かした事案ならば、こんな記述にはなりますまい。
私なら、「本社全面降伏」と書きますが。
「本社回答の全文」の前の一方的な記述、「納得」したことと、「抗議を打ち切る」ことだけを前面に押し立てた記事。そして「回答」したと言う表現。
これが恣意的記述でなくてなんなんだろう?

 出稿の責任者である論説副主幹は「自らの不明を恥じるしかありません」と述べています。弊社としても同様に受け止めています。

 こんなことを仕出かした結果をリセットするための「回答」、つまり、信頼回復を行うべき「回答」に対する自身の論評に相当する部分の記事記述がこんな逃げと責任逃れな恣意的なもので、良いんだろうか?

 朝日は「本社回答の全文」を読めとばかりに、「全国犯罪被害者の会(あすの会)」に突きつけたのだろうか?回答の内容について、代表幹事に説明や、確認をしなかったのだろうか?また、記者会見の席で、

  岡村勲弁護士は会見で、朝巳新聞社の回答について「いろいろな思いがあるが、納得しました」
「大臣であっても、死に神と言われればぞっとしますから(使わないでほしい)」

とだけ述べたのだろうか?もっと、複雑で、朝日としては読者に説明すべきことがあったのではないか?少なくとも、「本社回答の全文」の中で、

 職業や立場によっては、まるで自分のことを言われたようだと受け取った人がいました。
「死に神」という言葉そのものに不快な気持ちを抱いた人もいました。
犯罪被害者遺族をはじめ多くの方々からのご批判を踏まえたとき、適切さを欠いた表
現だったと言わざるを得ず、出稿の責任者である論説副主幹は「自らの
不明を恥じるし
かありません」と述べています。弊社としても同様に受け止めています。

この部分を、「職業や立場によっては、まるで自分のことを言われたようだと受け取った人」や、「『死に神』という言葉そのものに不快な気持ちを抱いた人」に向けて、「全国犯罪被害者の会(あすの会)」への「回答」でなく、切り出して説明し「適切さを欠いた表現だったと」紙面において頭を下げるべき記述をすべきではなかったのか?と思わなかったのか?
要するに、「職業や立場によっては、まるで自分のことを言われたようだと受け取った人」や、「『死に神』という言葉そのものに不快な気持ちを抱いた人」は、朝日にとって、ついでに「回答」(謝罪)の、ついでの人達ですらなかったわけだ。

 さて、「本社回答」を見て行こう。

 ▼「永世死刑執行人」、「死に神」という言葉の意味は

 「永世死刑執行人」というのは、6月18日付夕刊の素粒子の1項目目にある将棋の
「永世名人」から連想し、筆者が考え出した言葉であり、比喩(ひゆ)です。「死に神」
も同じように比喩です。

 ほほうっ。後の文章と言ってることが違うんじゃないでしょうか?

 職業や立場によっては、まるで自分のことを言われたようだと受け取った人がいました。
「死に神」という言葉そのものに不快な気持ちを抱いた人もいました。
犯罪被害者遺族をはじめ多くの方々からのご批判を踏まえたとき、適切さを欠いた表
現だったと言わざるを得ず、出稿の責任者である論説副主幹は「自らの不明を恥じるし
かありません」と述べています。弊社としても同様に受け止めています。

 比喩なら、差別につながりかねない表現、いやハッキリ差別表現だよね、を使っても良いと言っているのと同じじゃありませんか。

 用語の意味を説明するだけでは、その言葉を使った意図についてご理解いただけないと思います。

 何を寝ぼけたことを、「素粒子」がどんなものか?いちいち、用語の説明を加えて読者の「納得」を得る様な代物なのか?だからこそ、「用語」と言うより、文章そのものの取扱に慎重さが求められるか、不適切な記述には直ちに訂正記事、取り消し、謝罪とする、不適切さに対するリスク対応が要るんじゃないのかな?

  このような表現になったのは、鳩山法相がほぼ2カ月おきに死刑の執行を命じ、就任
から1年足らずで執行数が13人になったということだけではなく、これまでの回答で繰
り返しご説明しているとおり、その前の法相の発言があったからでした。

 鳩山法相への責任転嫁じゃないのか。法相発言が不適切な表現を使った原因?不適切な表現を使ったのは鳩山邦夫の責任かい?朝日が不適切な表現を使ったんだよ。鳩山邦夫じゃない。だから岡村勲弁護士に

 「大臣であっても、死に神と言われればぞっとしますから(使わないでほしい)」

 て言われてるんだって事に気付かないのかな?

 法相の死刑執行命令は法に基づくものであり、鳩山法相が命令したことをもって「死
に神」と批評したものではなく、執行命令自体を批判するつもりはありません。

 鳩山邦夫を貶めるための確信犯なのに、言い換えるわけだ。執行命令自体を批判するつもりで無いならば、

 「死に神」という表現に対しては、読者の方々から「法相は職務を全うしているだけ
だ」 「ふざけすぎだ」というようなご意見がたくさん寄せられました。
弊社としましては、もっともなご意見だと受け止めております。

って、何で「もっともなご意見だと受け止めております。」と言えるのかな?「死に神」表現をした段階では、「もっともなご意見だと」思ってなかったわけだよね、この書きぶりは。完全な後出しジャンケンの言い訳としか言い様が無いよ。しかも、「もっともなご意見だと」えらい頭の高い、読者より自分達の方が偉いのかな?新聞買ってくださる、紙面の60パーセント近くを占める広告を読んで下さるお客様より弊社のが偉いって「もっともな」って上からの評価じゃん。お客様の意見を評価して論評するわけだ、問題発言の当事者たる朝日新聞が。思い上がりじゃ無いの?

 ▼13人の死刑が多いとすると、何人ならよいのか、死刑囚の教が増え続けてもよいと
いうことか

 13人の死刑が多いと言っているのではありません。最近の法相の中で執行数が多い
と指摘したものです」件数が適正でないと言っているわけではありません。凶悪な事件が
増え、死刑判決が増えれば、執行数も当然、増えていくと思います。

 実は朝日は、

  全国犯罪被害者の会からの4点の質問項目

について、きちんとした報道をしてこなかった。朝日読者にとっては、4点の質問項目など、8月2日まで無かった事になっていた。当然、サリン被害者の抗議も。だから、上記の「▼」の質問項目そのものも多分朝日の読者は知らない(大阪朝日購読者だが、私の読み落しもあるから、「多分」とした。読者各位、朝日新聞社各位もし、記述があるなら、この点についてはいつでも訂正、謝罪する用意があるので連絡いただきたい。)
   ──8月12日追記──
   一応、質問項目についての記事が無かったことは「聞蔵」で確認はしている。
   サリン被害者の抗議については7月4日付朝刊に記事があるが、他紙によれば、この抗議に対しても「対応する」とした朝日のコメントは当該記事に無い。従って、朝日読者は朝日新聞が「サリン被害者の抗議」にどう対応したかの結果も知らない。
   まぁ、これが朝日クォリティーなんだろう。
   ──8月12日追記終わり──
この、13人云々と言う部分は、先の7月2日、7月14日だかの朝日の回答に対する再質問に挙がっていたものと思われる。ここにも矛盾がある。その前の「▼「永世死刑執行人」、「死に神」という言葉の意味は」の回答の中で、「このような表現になったのは、鳩山法相がほぼ2カ月おきに死刑の執行を命じ、就任から1年足らずで執行数が13人になったということだけではなく、」と言っていて、その舌の根も乾かぬ第二の回答の中で、

 13人の死刑が多いと言っているのではありません。最近の法相の中で執行数が多い
と指摘したものです

と言っています。
「永世死刑執行人」、「死に神」と言う表現を使った根拠の内に「執行数が13人になったということだけではなく、」と言っているにも拘らず。
これが「真摯に質問に答えた」結果の文章です。呆れるしかありません。


 ▼死刑執行に対しては法務大臣のどこが慎重さを欠いたのか、慎重にするためにはど
うすべきであったか、慎重の内容は何か

 「朝日新聞社は死刑廃止の立場はとっていません。そのうえで、死刑は人間の生命を
絶つ究極の権力行使であるため、執行にあたっては慎重のうえにも慎重な対応を求めて
きています」という先の回答に対するご質問だと思います。
この回答は、朝日新聞がこれまで死刑執行について慎重な対応を求めてきたという一
般論です。鳩山法相が慎重さを欠いたと言っているわけでは決してありません。死刑確
定後、法務省は裁判記録をもう一度調べ、判決に疑問がないかを確かめると聞いていま
す。そうしたことに念には念を入れてほしいという趣旨です。


とうとう一般論を持ち出して、すり替えに走り出しました。
本来「執行」について「慎重な対応を求める」前に、「死刑判決」そのものに慎重な対応を求めるべきなんじゃないのでしょうか?それとも、裁判は三審制で、あれだけ長期間係るんだから、「慎重」に「死刑判決」は下されている。朝日としては、「余は満足じゃ」って事なのでしょうかね?その満足な「慎重」に下された判決に基づいて「執行」されている「刑」に朝日は、「一般論」として「慎重な対応を求めてきた。」わけですか?もうボロボロな回答としか言い様がありませんね。
こんなお粗末な回答、実際的に法的な処置に至れない、少なくとも直接的に誹謗された本人で無い「全国犯罪被害者の会」としては、呆れて「納得」する他無いってことなんでしょうね。


 ▼死刑確定後は遺族の存在を忘れるのは、なぜか

 「死に神」という鳩山法相に向けた表現が犯罪被害者遺族の方々にどのような気持ち
を起こさせるかについては、思いが至りませんでした。

 なんだ、やっぱり「死に神」という「鳩山法相」に向けた表現だったんだ。じゃあ、ヤッパリ言われ無き「誹謗」じゃないのかね?「弊社としましては、もっともなご意見だと受け止めております。」って言ってんだから、鳩山法相に向けても「適切さを欠いた表現」だったんじゃないの。だから、代表幹事に「大臣であっても、死に神と言われればぞっとしますから」って、皮肉られちゃったんだよ。

犯罪被害者遺族の方々だけでな
く、どのような人にどんな思いを起こさせるかについても、考えが及んでいませんでした。
職業や立場によっては、まるで自分のことを言われたようだと受け取った人がいました。
「死に神」という言葉そのものに不快な気持ちを抱いた人もいました。

 子供の喧嘩の囃し言葉、と言うか、誹謗の表現に、

 「馬鹿、カバ、○○○○屋、お前の△△ちゃん出ェ臍、ついでにお前も出ェ臍!」

と言うのがあります。「死に神」も「永世死刑執行人」もこれより立派な誹謗表現でしょうか?まぁ、朝日はこれを「誹謗」表現では無いと言い張っているわけですが。○○○○屋、チンドン宣伝社と社名にしてらっしゃるところも有りますので、これ自体を伏字にする意味も無いのですが、一応、馬鹿と並べられていることと、「屋」が付くので誹謗表現として伏字にしておりますが、言いたい所は、「死に神」、「永世死刑執行人」も小学校低学年並みの誹謗表現だと思うのですよ。つまり、「犯罪被害者遺族の方々にどのような気持ちを起こさせるかについては、思いが至りませんでした。犯罪被害者遺族の方々だけでなく、どのような人にどんな思いを起こさせるかについても、考えが及んでいませんでした。」小学校低学年並みの想像力すら無かったってことなんでしょ?
朝日の「素粒子」は小学校の学級新聞のエディターにも悖る想像力しか無かったってことですか。
ましてや、「職業や立場によっては、まるで自分のことを言われたようだと受け取った人がいました。」つまり、「差別表現」だと言うことなど、端から解りそうな事にも思い至らなかった。
そりゃぁ、人権侵害に対し事の外真剣に考えるべき、朝日新聞の論説副主観が「自らの不明を恥じるしかありません」と述べるしかありませんよね。

 犯罪被害者遺族をはじめ多くの方々からのご批判を踏まえたとき、適切さを欠いた表
現だったと言わざるを得ず、出稿の責任者である論説副主幹は「自らの不明を恥じるし
かありません」と述べています。弊社としても同様に受け止めています。

 今度は、法人たる朝日新聞の責任を「出稿の責任者である論説副主幹」と分離ですか?同様に受け止めているって?違う、朝日新聞社として、以下同文じゃなくて、「自らの不明を恥じるしかありません」と何故、明言できない?つまり、誰かに、「アンタ達さぁ、自らの不明を恥じたんじゃないの?」と言われた時、「同様に受け止めています。」って言うわけだ。「自らの不明を恥じております」じゃなくてね。他人事、官僚の作文の典型だと思いませんか?掲載の責任者、販売の責任者は朝日新聞そのものじゃないの?

 犯罪被害者遺族の方々が凶悪事件の被告に死刑判決を求めたり、確定死刑囚の執行
を望んだりするお気持ちについては十分理解しております。そのことも重ねて申し上げま
す。

 なるほど、「犯罪被害者遺族の方々が凶悪事件の被告に死刑判決を求めたり、確定死刑囚の執行を望んだりする」のが、彼等、彼女らの本当の気持ちだと言うのだね。違うだろ。犯罪被害者遺族の「方々」の思いは、「犯罪被害者」を生きて家族の元に返してくれ、犯罪など無かった状態で普通に暮らさせてくれ、元の犯罪被害の生じる前の生活を返してくれ、だよ。そうであれば、彼らは「凶悪事件の被告に死刑判決を求めたり、確定死刑囚の執行を望んだり」しないって。心ならずも「犯罪被害者遺族」になってしまった、そういった人がその理不尽と折り合いを付けるために已む無く、自分の身内が巻き込まれた犯罪の被告(「凶悪事件の被告」一般に死刑判決求めてるのかな遺族は?)に遺族として死刑判決を求める、その犯罪の確定死刑囚の刑の執行を望んだりする「お気持ちについては十分理解しております。」。
してないよねそれ。それこそ、「死に神」扱い改まっていないじゃないか。「犯罪被害者遺族の方々」思いはもっと多岐であり複雑なんじゃないのかな?十羽一絡げに「犯罪被害者遺族の方々が凶悪事件の被告に死刑判決を求めたり、確定死刑囚の執行を望んだりするお気持ちについては十分理解しております。」って。それこそ、あんた等の思い込み、思い上がり。
想像力の無さに「自らの不明を恥じるしかありません」って言ってる人達に「十分理解しております。」って言われて信じられる?小学校低学年以下(あっ、これは私の見解ですが)の想像力しかない朝日新聞(子供)にそんな事言われて。「納得」する?
子供に何言っても無駄。だから、「いろいろな思いがあるが、納得しました」ってしか、大人の「全国犯罪被害者遺族の会(あすの会)代表幹事」は言えないよね。
朝日が絶対使いたくない言葉は、「謝罪」他紙は皆「謝罪」として記事書いてるし、他紙によると、「全国犯罪被害者遺族の会(あすの会)代表幹事」は「事実上の謝罪と受け止めている」だから「納得」と言っているんだがね。朝日としては、「謝罪文」じゃなくて「回答」で通したいのだろうけれど、その「回答」が内容的に、「ごめんなさい、僕達子供だから、 「死に神」という鳩山法相に向けた表現が犯罪被害者遺族の方々にどのような気持ちを起こさせるかについては、思いが至りませんでした。」と全面降伏それも居丈高な。

 前回も書いたけれど、ヤッパリ開き直りしかできないカルチャーなんだろうな、「朝日」系は。ってのが結論でした。
 改めて、ここを読み返して見たんだけれど、一年半前と朝日の体質、全然変わっていないんだよね。
 いやぁ、あの時朝日は「ジャーナリスト宣言」を棚上げしたけど、それはこの日のためだったかと思いたくなるよね。
 ヤッパリこの会社は「とっても恥ずかしい朝日新聞」と添い寝をしていく、また今後も、こんな筆禍を繰り返す会社、体質なんでしょうね。

  8月10日追記


  平成20年8月8日朝日新聞大阪本社刊朝刊5面に「政策ウォッチ」と言うコラムと思しきものが有った。
  記事は、素粒子の評価と酷く懸離れたものだったし、上記の回答とも異なる視点での記事だった。
  それは、あの「回答」なるものが、如何に的外れなものだったかと言うことを、同じ朝日の政治部記者(多分)が語っていると言う、社会部上りの素粒子氏の社会部流センセーショナリズム、そして取材しないと言う点、ものごとを洞察できないという点での無能、無責任を暴くものと読めた。
  一方で、これは、本来為すべき「今」と言う時点(現在進行)での政治の解析を提示しない、と言う政治部記者の得意技による後出しジャンケン記事でもあった。
  市川美亜子(敬称略)教えてやれよ素粒子氏に、論説副主幹様に。

政策ウォッチ

死刑制度  タブーを解き放った鳩山氏
 鳩山邦夫氏が、法務省を去った。昨年9月の福田政権発足時。
自民党稔裁選で対抗馬の麻生太郎氏を担いで、「再任はない」と思
いこんだ鳩山氏が、退任会見で「死刑の自動化」を言い残したこ
とから、すべては始まった。
 再任以来、1年弱。死刑を巡る状況は随分変わった。与党を中心
に終身刑創設の議員連盟ができ、国会議員が刑場を視察。執行の音
声もテレビで放送された。
 「バンドラの箱を開けるのか」といさめる法務官僚に、「ならば
開けてやろう」と意売込んだ鳩山氏。開けたら、予想以上の難題が
飛び出した、ということだろう。法務省内で検討組織まで設けた
ものの、制度の見直しは進まなかった。もともと、事実上、公表が
されていた執行死刑囚の氏名を「公式発表」したぐらいか。
 それでも、タブーを解き放った意義は大きい。退任時には、刑場
の公開や執行方法の再検討にも言及した。保岡法相は、法務官僚の
「最大の理解者」とされる。「昔の法務省に戻らないように望む」
という鳩山氏の最後の言葉には妙な説得力がある。(市川美亜子)