地下妄の手記 私の引用は善い引用?

※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

私の引用は善い引用?


帝都東京・隠された地下網の秘密[2]単行本(秋庭俊著 洋泉社刊2004年)42頁に   

   もともと、東京の歴史は水とともにある。道灌の城は水に周りを囲まれ、水の守り

  とでもいうべき築城になっていた。家康は江戸城より先に道三堀を築き、物流の中心

  を水運に定めている。「物は水の道、人は土の道」といわれていたことは、の図

  (文庫版では49頁の図と記述)を見ればよくわかる。『東京の地理がわかる事典』

  からの引用である。江戸という都市は、多くの関所や門に囲まれていたものの、水の

  上を行く舟は城の中まで入ることができた。江戸という都市は、水の上を移動するよう

  設計されていた。


として、以下の様な図を挙げられている。


私が疑問を感じるのは、秋庭氏は引用と称されているが、この図を鈴木理生氏の「東京の地理
がわかる事典」(日本実業出版刊 1999年)から複写転載する必然があったのか?と言うことです。

どういう事かと言えば、以下に原典を示しますが、鈴木氏がこの図を掲示した原典の標題項目は

「入り堀」と「掘留」の違い





です。
本来鈴木氏がこの図を「武州豊嶋郡江戸庄図」から起こされた目的は、上記のとおり、

江戸の地理の説明、地名の説明のためであり、説明文と図は一体のもので本来不可分

の記述です。

私思うのですが、
秋庭氏のこの、

    家康は江戸城より先に道三堀を築き、物流の中心を水運に定めている。

  「物は水の道、人は土の道」といわれていたことは、の図を見ればよく

  わかる。

と言う記述は、この図の意味を説明している訳でも、この図が本来何の図なのかを説明
するものでもなく、況してや原著者の意図を説明した上で、自己の著述の補強を行って
いる訳でも、ないと。

この図だけを自著に転載されるのは、著作権法32条に言う「公正な慣行に合致するもの

であり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれる

ものでなければならない。」を満たしているのだろうかと。

秋庭氏の著述は、殆どにおいて、同様な行為に枚挙に暇がありませんが、秋庭氏は
「帝都東京・隠された地下網の秘密[2]」では、
この直後にも、鈴木氏の「東京の
地理がわかる事典」(日本実業出版刊)から複写転載を行
われています。   


    江戸城周辺の上水のルートを表した図が左(文庫版では「57頁」)にある。

  『江戸の都市計画』(文庫版では『東京の地理がわかる事典』に改竄)からの

  引用である。玉川上水は半蔵門から四谷門へと、まっすぐ西へと延びている。

   その途中で南へ折れれば、国会議事堂の裏へ向かうルートもある。

   また、紀尾井町のわきを南へと下り、赤坂見附へ到るルートも見られる。

   玉川上水はさらに外堀に沿って、四谷から赤坂見附、虎ノ門、新橋、銀座、

  日本橋まで続いている。


として、以下の様な図を複写転載されています。
文庫版で『江戸の都市計画』を『東京の地理がわかる事典』に書き換えられたことを、
改竄と私が言うのは、単に書き換えが行われた、だけではなく以下の様に図の中にまで、
過去を隠蔽するかのような、書き換え、いじりを秋庭氏が行っておられるからです。


帝都東京・隠された地下網の秘密[2]単行本49頁


 ( ※「江戸の都市計画」鈴木理生(三省堂)より。に注目!)

帝都東京・隠された地下網の秘密[2]文庫版57頁


私が削除したのではないことを示すために、一部本文の部分も複写してますが、

おかしいでしょう。「東京の地理がわかる事典」からの引用なら、

「※「江戸の都市計画」鈴木理生(三省堂)より。」が何故消えるのでしょうか?しかも

「鈴木理生氏、著者から編者」に?

以下に原典と、そのまた原典の「江戸の都市計画」を引用いたします。



上記においても、鈴木氏が示しているのは、秋庭氏の言う様な上水のルートではありません。

そして、図の意図も秋庭氏の説明とは異なります。
鈴木氏が自著にも拘わらず、「※「江戸の都市計画」鈴木理生(三省堂)より。」と入れられた理由、

それは次の「江戸の都市計画 」(鈴木理生著 三省堂刊 1988年)に根拠があるのです。



「江戸の都市計画 」(鈴木理生著 三省堂刊 1988年)

「資料:「東京氏史稿」上水篇附図より作成」と原始資料の提示があります。これを更に

鈴木氏自身が、「東京の地理がわかる事典」用に書き改められたために、「※「江戸の

都市計画」鈴木理生(三省堂)より。」とされて出典元を示されている訳です。


どうでしょう、これをしも、引用と言うのでしょうか?鈴木氏の調査と研究成果、すなわち金と

労力の掛かった知的財産とも言うべき図版を、勝手に複写し、しかも原著者の意図、見解

の提示もなく、この知的財産を私する、秋庭氏の行為を何と言うべきなのでしょうか?